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復讐は自らの利益を侵害された個人もしくは団体がその報復として加害者に害悪を加える事です。目には目を歯には歯の一文で同じ目に合わせるのが当然であり死には死を当然のことであると思われがちですが、同程度の報復であって過剰になってはいけないという意味もあるのです。
誤って誰かを傷つけてしまったから同じように自分を傷つけるのは当然だと思うのは間違っています。誰かを傷つけてしまったならば気づいた時点で心から謝罪をして相手の望む事で癒やされるべきです。
報復は過剰になると加害者が傷つくことになるのです。加害者を被害者にしないためにはよくわかっている人が間に立って調整しなければならないのです。それが法律であり規則でありルールなのです。
人を傷つけない気持ちがモラルとか道徳心と呼ばれるものでありそれを理解する為にマナーがあるのです。
動物を愛護するのはその動物の為にしているのではありません。その動物が人に与える影響を考えているのです。動物を中心にして物事を判断してはいけません。人を中心にして判断しなければモラルが無いことになります。
クジラやイルカを食べるのは野蛮であるからと漁師を襲うのはモラルが無いのです。保護団体に寄付をして過激な事を煽るのもモラルが無いと思います。誰も傷つけずに自分の主張を訴える事をしなければ長続きしません。
復讐は傷ついたから仕返しをして相手を傷つける事です。傷ついたら癒せば良いのです。殺された人は癒やされ事はありません。殺した人も癒やされる事はないのです。罪を償った所で誰が癒やされるのでしょうか?
傷つけたのならば癒やさなければいけないのです。相手を傷つけることで自分が癒される事はないでしょうが、相手に癒される事をする事が自分も癒やされることになります。
被害者が加害者を癒すことで自分が癒やされるのが愛です。
被害者が加害者に復讐をすれば被害者と加害者が入れ変わるだけです。
癒すことで復習の連鎖は終わるのです。
癒すとは与えるものではありません。受けた方が感じることですから心の会話がいるのです。
復讐を思いつくのは心の会話ができていないからです。
見た目に騙されない。聞いた事を鵜呑みにしない。疑いがなくなるまで話し合う事が心の会話になるのです。
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