![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/162969783/rectangle_large_type_2_07cd567fa1a042daed814c4ce9deb5d7.jpeg?width=1200)
わたしの好きな家内は剪定鋏を握る
![](https://assets.st-note.com/img/1732359987-R062XilVeEArzoa4s5O7uBnt.jpg?width=1200)
初秋の日の午後、家内は庭に出た。陽は既に西に傾き、庭木に長蛇の影を落としている。その影を踏みしめるようにして、家内は庭の奥へと歩みを進める。その手には、鋭利な刃を光らせる剪定鋏が握られていた。
家内は、まるで熟練の庭師のように、迷いなく木々の枝へと鋏を伸ばす。樫の太い枝、楓の細くしなやかな枝、そして紅梅の古びた枝。西洋からやってきた薔薇の棘だらけの枝。それぞれ異なる形、異なる色、異なる肌触りを持つ枝々。鋏が音を立てる度に、枝は宙を舞い、地面へと落ちていく。その様は、まるで生け贄の儀式を思わせる。
だが、家内の仕事はこれで終わらない。切り落とされた枝は、そのまま放置されるのではない。家内は、それらを丁寧に細かく切り分け、種類ごとに分別していくのだ。樫は樫、楓は楓、紅梅は紅梅、薔薇は薔薇。まるで、植物学者のように、家内は枝の種類を見分ける。
その姿は、私には奇妙に映る。なぜ、そこまでして枝を分別する必要があるのか。燃やしてしまえば、全て同じ灰になるではないか。だが、家内は私の疑問に答えない。ただ、黙々と枝を分別する。その目は、どこか遠くを見ているようだった。
やがて、日が暮れ始めた。庭は、薄闇に包まれていく。家内は、最後の枝を分別すると、立ち上がった。そして、満足そうに頷くと、家内は家の中へと入っていった。
私は、家内が残した枝の山を見つめる。そこには、樫の枝の山、楓の枝の山、紅梅の枝の山、そして薔薇の枝の山があった。まるで、小さな森がそこにあるようだった。私は、家内の気持ちが少しだけわかったような気がした。家内は、庭の木々を愛しているのだ。そして、その木々の一部である枝もまた、愛しているのだ。
私は、枝の山に手を伸ばす。樫の枝は硬く、楓の枝は滑らかで、紅梅の枝は仄かに甘い香りがした。薔薇の枝は棘を持つが、その花は美しく芳しい。それぞれの枝が、それぞれの命を持っている。それぞれの個性を持っている。私は、家内の仕事の意味を理解した。家内は、枝を分別することで、木々の命を尊重し、その多様性を守っていたのだ。
まるで、人間社会のように。人はそれぞれ違う。生まれも育ちも考え方も違う。だが、皆等しく尊い命であり、個性を持っている。その多様性を認め合い、尊重し合うこと。それが、豊かな社会を築く上でどれほど大切か。家内は、無言のうちに、私にそのことを教えてくれたのだ。
夜風が吹く。枝の葉が、カサカサと音を立てる。まるで、家内に感謝しているようだった。私は、家内のことが、より一層好きになった。そして、世界を、そして人を、もっと深く愛そうと思った。
いいなと思ったら応援しよう!
![紀州鉄道とパンダが大好きなポッさん](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/171361820/profile_ea2986270c3c5a23b27dfdee187cf5c1.png?width=600&crop=1:1,smart)