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嫁と姑の闘い おばあちゃんのカツラの変

お盆休み。夫の実家に帰省した。
私の実家は中部の海。夫の実家は関西の山。

南海トラフ地震注意報が発令している真っ只中、どっちで被災してもヤバそう…と思いながらも「まあ来る時は来るわな。何よりもう米が無いから行くしかない」と腹を括り、米を貰いに……間違えた、子どもたちの元気な顔を見せに夫の実家へ行った。(義父が田んぼを持っており、帰省のたびに米を大量にもらう)

外気温は38度。山といっても普通に暑い。到着すると、ぷーんと漂ってくる肉の焼ける匂い。……まさか今日も? やはりカーポートでBBQしとる。正気か?

みんな汗だくで、溶け切った保冷剤のネックレスみたいなものを首にぶら下げ、うちわでパタパタ仰いでいる。こんなに暑いのにBBQとかバカなの? と思われることだろうが、実は昨年の秋に(新米を貰いに)帰省したとき、BBQが行われ、当時9歳の次男が自分で肉を焼くという作業が楽しくてとても大喜びをしたのだ。
その様子が可愛すぎて親族全員が心をぶち抜かれてしまい、以来「次男が来る時はBBQ」がデフォルトになったというわけだ。ありがたいけど、さすがに真夏はやめようよー。

台所と繋がったお勝手口から、お義母さん、つまり夫の母が登場した。嫁スイッチを入れ笑顔でログインする。
「お義母さん、ご無沙汰してます。今日、暑くないですか? 熱中症警戒アラートも出てるし、お家の中にしません?」
「大丈夫大丈夫。みんな慣れとるから! うふふー」
一応言ってみたが一蹴された。

お義母さんはとても物腰が柔らかく、かわいらしくて優しい人だが、ド天然だ。ちょっとズレてて、芯が強い。
その手に大量の生肉や野菜のパックを抱えている。こんなに焼くのか。そう思った途端、全部を鉄板にぶちまけた。生肉の山ができた。平気で端からいろんなものが奈落へ落ちているし、山の上の方は全然焼ける気がしない。

「おい、考えろてー! こないに全部入れたら焼けへんわあ!」
夫、夫の弟、お義父さん、その他親族A 、B、C。私以外の全員に突っ込まれても「んー。まあ下から順番に焼けるやろー」とムフムフ笑っている。もう従うしかない。

全員、体中から汗を滴らせ、服をビタビタにして「あついー、あついー」と合唱しながらBBQを楽しんだ。大量の肉と野菜と海鮮を焼き、焼きそばを9玉分作り、なんとか誰も倒れないままBBQは終了した。

お墓参りを済ませた後、みんなはリビングで各々コーヒーを飲んだりお土産のお菓子を食べたり、スマホを眺めたりしている。しかしお義母さんはおもむろにリビングの隣の部屋の掃除をし始めた。そうなってくると嫁の私も、ぼーっと座っているわけにはいかない。「お手伝いしますー」と言いながら、ごちゃごちゃと物が詰め込まれた部屋に侵入した。

この家には、物が多い。非常に多い。なぜなら、お義母さんが物を捨てないから。何年も使っていない物でも「いつか使うかもしれへんからー」と、とっておくのだ。
棚という棚に、物がぎゅうぎゅうに詰め込まれていて、何かを取り出すと全てが落ちてきそうだし、階段も全ての段の半分のスペースはなんらかの物で埋まっているので、それらを避けつつ慎重に登る。この家に住んでいない者が口出しすることではないので黙っているけれど、私だったら間違いなく片っ端から捨てている。

「お兄ちゃん(うちの長男)にあげるジャージを探してて。確かこの辺にしまったはずなんだけど……」ガサゴソと引き出しを探している。
お義母さんはスポーツウェアの製造会社でパートをしており、たまに社内セールで子どもたちのためにジャージやらスニーカーやらを買ってくれる。
「白いビニール袋に入ってると思う。ナミさんもそっち探してー?」
「はーい」
私の右横の引き出しを指さされたので、下から順番に引き出しを探してみた。やはり引き出しの中もぎゅうぎゅうだ。古そうなニットがたくさん詰め込まれている。しばらく白いビニール袋を探してみる。

すると
「えー! なにこれー!」
お義母さんが、古そうな木の箱を抱えて興奮している。押入れから出てきたようだ。高さ40センチの寸胴鍋くらいの大きさだ。
私以外の家族みんなも集まってきた。「なんだなんだ?」
お義母さんは押入れの上の段にその箱を置き、みんなに見えるようにした。

若干、カビ臭いその木の箱の正面には「高級」とだけ書かれており、取っ手には「¥55,000」という値札も付いていた。
古い家の押入れから出てきた、カビ臭い木の箱。そして、当時の値段で55,000円……これは、もしや、何かしらのお宝鑑定団なのでは……?

そこにいるみんなの「ゴクリ」が聞こえるようだった。
「なんだそれ。かあさん、開けてみろい」
お義父さんが促す。
そっと取っ手を開けるお義母さん。

キイ……
小さく軋む音を響かせながら手前に開く
「ひぃぃいいいいいいいいい!!!!!」
大きな悲鳴をあげながら、お義母さんは大きく後ろへ退いた。

なに!? なんなのっっっ!? 
恐怖を抑えながら覗き込むと……

つるっと白い、のっぺらぼうの頭があった。
その頭には黒々としたカールした髪……!

これは……! ……かつら??

「なんだー、かつらかいー。びっくりさすなやぁー」
お義父さんも相当ビビったのだろう、ホッとした様子でみんなとリビングに戻っていた。

どうやらこれは、20年ほど前に亡くなったおばあちゃんが入院直前に注文したまま使われることなく仕舞われたかつらなようだ。一度も使われないで、ツヤツヤと黒光りし、ビシッと整ったカールを保ったままのおばあちゃんのかつらは、ぎゅうぎゅうに物が詰め込まれた押入れの中で、カビ臭い高級な木の箱に守られ、白いのっぺらぼうのマネキンの上で20年以上の時を待っていたのだ。

「55,000円だって。高級やね。どうしよう、困ったー。私いらへんし。ナミさんいる?」
お義母さんも気を取り直したようだ。

いや、いるわけないだろう。髪は多くて困っているくらいだし、そもそもこんなカールした古いかつら、髪が薄くても被りたくない。
「いやー、私はいいかな〜。もう古いし、とっておいても仕方ないですよね」こんなもん、処分するしかないだろ。

しかしお義母さんは全然困ってなさそうに、こう言った。
「そうやんねー? ナミさんもふさふさやしなあ。ほな、一応洗って干しとこか。いつか誰か使うかもわからんし」

……? え、なんで?
「いつか誰かって誰ですか? 誰も使わないですよ、こんなん! 捨てましょ?」
しまった。つい、本音が出た。

「えー。いるやろー。誰か将来ハゲるかもしれへんし。そん時使ったらええやん」
本音、全然効かなかった。お義母さんは相変わらずルンルンしている。

「いや、これタイプも古いし、もし今後誰かがハゲても使いませんよ。今はもっといいの出てるし」
「えー。でも、55,000円やろー? もったいないやんー。一応とっといたらええやん。せっかくそんな高いお金出しておばあさんが買ったのに、かわいそうやん」
しばらく同じような問答が続いたが、お義母さんは何を言われても
「もったいないやろ」と、一歩も引かない。

……だめだ。何を言っても通じない。この人は、こうやってこの家を作りあげたのだ。ニコニコしているが、芯は強く。自分の意見は決して曲げない。私には敵わない。

結果、おばあちゃんの高級かつらは、お義母さんの手によって洗って干された。


後日談として夫に聞いたところ、乾いたかつらをまたあの白いマネキンに被せようとしたが、洗って干したことによって縮んでしまい、上に乗せただけの状態で木の箱にしまわれ、また押入れに封印されたとのことだ。


引きのアングル
使い終わったBBQコンロとともに

カッとなって一瞬感情的になってしまったが、「まあ、いつか誰かが禿げたとき、このことを思い出そ……」と思い、それ以上何も言うまいと、リビングに戻りコーヒーを飲んで仏の心で午後のひと時を涼んだ。

私とお義母さんは、これでいいのだ。このくらいの心の距離がきっと、うまくいく秘訣。
さあ、お米、たくさんもらって帰ろ。

お義父さん、お義母さん。まだまだ暑いですから、お身体ご自愛くださいね。秋の新米も、楽しみにしています。

おしまい


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