○8章 セカイ系以後の時代 ~ファンタジーの中心でセカイを壊したケモノ~
「新世紀エヴァンゲリオン(以下:エヴァ)」は1995年にテレビ東京系列で放送されたTVアニメだ。原作はGAINAX、監督は庵野秀明(※21)で、90年代最大のアニメブームだ、社会現象としてヤマト級だいやそれ以上だ、エンタメはエヴァ前かエヴァ後かになっただ、セカイ系の始祖だなどなど、とにかく色々と語られている大ヒット作品である。
※21 現在は原作・監督ともに庵野秀明表記
ブレイクの過程も夕方枠での放送当時はそんなでもなかったぞ深夜再放送からや説、パチンコが大ヒットした時に老人や主婦といったアニメを見ない層にも名前を知られて社会現象が加速したんやで説、コンピュータゲームとも縁が深かったGAINAXなのでムーブメントもそっちからなんだよなあ説、アニメ業界最大の構造改革とも言われる製作委員会方式との絡みでの新・メディアミックス時代のマーケットビジネスにいち早く乗っかったことが成功理由説などなど、無限の説がある。
セカイ系うんぬんに関しても、「エヴァ」の登場直後あたりから後にそういわれる作品群が急増したために後から振り返って「エヴァ」がはじまりと呼ばれがちなだけで、「エヴァ」自体はセカイ系ではないとする説もある。
本記事では説の検証や考察はやらない方向で、「エヴァ」がきっかけとも言われるセカイ系とは何ぞや、それがここまで旅してきたファンタジー、あるいはライトノベルやコンピュータRPGの流れとどう関係していくのかを見ていくとしよう。
セカイ系という概念は説明が本当に難しい。現在、最も定着している認識としては世界の危機あるいは終末世界があり、主人公とヒロイン(あるいは性別や人間かどうかすらも越えた君と僕、私と貴方)の生き様あるいは死に様がそれに影響を与えるが、ボーイ・ミーツ・ガールよりもやるせないその関係性と世界が同じ重さで描かれる。あるいはどちらかが明確に重いものとして描かれるそんな物語、だろうか。
「エヴァ」の社会現象化を受けて、後発作品群をポスト・エヴァと呼んだりしている中で、ノストラダムスブームと世紀末思想もブレンドされた結果として生まれた概念に対して00年代に入ってから命名された言葉という説が有力であり、最初にその言葉を生み出した人物の意図を超えて無限の解釈を生み出していったという意味ではハイファンタジーの発生および定着と似ている代物だ。
セカイ系もうかつに作品名を挙げてしまうとそれはセカイ系じゃない、いやセカイ系だろの戦争が容易に発生するわけだが、よく名前が挙がる作品としてはライトノベルから「ブギーポップは笑わない/上遠野浩平:著」(98年)「イリヤの空、UFOの夏/駒都えーじ:著」(01年)、漫画から「なるたる/鬼頭莫宏:著」(98年)「最終兵器彼女/高橋しん:著」(00年)、アニメから「ほしのこえ/新海誠:監督」(02年)あたりだろうか(※22)。
※22 この世の果てで恋を唄う少女YU-NOを代表とするようなPCゲーム界隈の作品もセカイ系とされたり、むしろそこらへんはエヴァと並んで源流・発生元の方であると主張されたりとかまあいろいろあります
◆変異するライトノベルと小説界◆
「ブギーポップは笑わない/上遠野浩平:著」(以下:ブギーポップ)は1998年に電撃文庫から刊行されたライトノベルだ。本記事のメインストリームである本格ファンタジーとライトノベルの切り口で考えると、取り上げるべき作品はやはりこれだろう。
現代的舞台で学園に通う女子学生が、世界の敵を自動的に検知することで受動的に浮かび上がるブギーポップという存在に切り替わり、様々な異能力を持つ世界の敵と対峙し排除していく。それは時にクラスメイトであり、アングラな大人組織であり、人外である……。
そう書くと、さほど珍しさも感じない学園バトルファンタジーのヒロイックものという印象を受けるが、主人公でありながら主人公でない歪さや、作品全体を覆う退廃的で扇情的で挑発的で倦怠的な空気はそれまでのライトノベルや学園ものとは一線を画した異質さを有し、当時のライトノベル読者たちに大きなショックを与えた。そしてそれ以上に後にプロ作家になる層に多大なる影響を与えたとも言われている作品だ(※23)。
ポスト・エヴァとも呼ばれたセカイ系ムーブメントがあらゆる媒体を席巻し、「ブギーポップ」ショックが起きると、セカイ系ライトノベルの決定作とも評価される「イリヤの空、UFOの夏」が登場するなどライトノベル界もその流れに飲み込まれはじめていく。そしてそれはミステリーやSFや一般文芸でも同じだった。
ミステリー・SF・ファンタジーなどに拘らずに新進気鋭の個性を発掘していこうという一般小説界の賞であるメフィスト賞からは「クビキリサイクル 青色サヴァンと戯言遣い/西尾維新:著」(02年)が登場し、ライトノベルではないが従来の一般文芸や推理小説とも違う、新文芸のもうひとつのルーツとでもいうべきムーブメントが発生する。
ライトノベル読者層からも西尾維新フォロワーは多く生まれ、それはより先達の作家に注視するムーブメントにもなっていく。森博嗣、清涼院流水、舞城王太郎なども注目を浴び、メフィスト賞作家が羽ばたいていく場所となった講談社ノベルズは、書店においてライトノベルと並べて配置される事例も目立ち出す。
※23 西尾維新や時雨沢恵一は本人がその影響を語っており、奈須きのこも自身の創作とブギーポップの関係性について述べた事がある
一連の流れに加担したものとしては97年創設のハルキ文庫も挙げられるだろう。小川一水や竹本健治などの作品がライトノベル的な表紙イラスト作品として刊行され、「紫の砂漠/松村栄子:著」(00年)という芥川賞作家が書くファンタジー作品なども姿を見せる。
メフィスト賞ほどのムーブメントは巻き起こさなかったが、一般文芸棚でありながらライトノベル的輝きを放つレーベルとしてこの時代を彩った。
ヒロイック・ファンタジーやSF的ファンタジー、あるいはゲーム的小説を愛好する層に特化したものを届ける存在として一般文芸から独立したライトノベルが、一般文芸を含んだ社会的エンタメ傾向に侵食され境界線が曖昧になっていく。その流れの中では倫理面での物議を醸した「バトル・ロワイアル(99年)」や、自費出版出身として文章力などを揶揄されながらも商業大ヒット作品にのし上がった「リアル鬼ごっこ(01年)」、小説としては幼稚などの悪意を向けられる側だったライトノベル界隈から見てすらクオリティ面での議論が沸騰したケータイ小説の「Deep Love(00年)」などといった作品も関わってくる。
ライトノベルにおいてファンタジーはまだ人気枠ではあった。「ロードス島戦記」なども絶賛シリーズ刊行中だ。だが海外ファンタジーからの流れ、あるいはハイファンタジー概念的なそれがライトノベルの主役ではなくなっていた。
そういったファンタジー作品がライトノベルの看板や絶対王者ではなくなったという意味においてならば、本格ファンタジーが一度死んだ時代と呼んでもよいとは私は考えている。どうだろうか。
そのことをより決定的にする作品が登場する。「涼宮ハルヒの憂鬱」だ。
◆普通のライトノベルには興味がない時代?◆
・2003~06年の小説戦線
「終わりのクロニクル/川上稔」「バッカーノ!/成田良悟」
「撲殺天使ドクロちゃん/おかゆまさき」「半分の月がのぼる空/橋本紡」
「護くんに女神の祝福を!/岩田洋季」「いぬかみっ!/有沢まみず」
「キーリ/壁井ユカコ」「しにがみのバラッド。/ハセガワケイスケ」
「涼宮ハルヒの憂鬱/谷川流」「されど罪人は竜と踊る/浅井ラボ」
「レディ・ガンナーと宝石泥棒/茅田砂胡」「ムシウタ/岩井恭平」
「12月のベロニカ/貴子潤一郎」「電波的な彼女/片山憲太郎」
「あそびにいくヨ!/神野オキナ」「陰からマモル!/阿智太郎」
「神様家族/桑島由一」「よくわかる現代魔法/桜坂洋」
「銀盤カレイドスコープ/海原零」「彩雲国物語/雪乃紗衣」
「とある魔術の禁書目録/鎌池和馬」「デュラララ!!/ 成田良悟」
「ある日、爆弾がおちてきて/古橋秀之」「乃木坂春香の秘密/五十嵐雄策」
「カレとカノジョと召喚魔法/上月司」「薔薇のマリア/十文字青」
「レンタルマギカ/三田誠」「BLACK BLOOD BROTHERS/あざの耕平」
「ご愁傷さま二ノ宮くん/鈴木大輔」「ゼロの使い魔/ヤマグチノボル」
「イコノクラスト!/榊一郎」「All You Need Is Kill/桜坂洋」
「吉永さん家のガーゴイル/田口仙年堂」「伯爵と妖精/谷瑞恵」
「私立!三十三間堂学院/佐藤ケイ」「でぃ・えっち・えぃ/ゆうきりん」
「円環少女/長谷敏司」「神様ゲーム/宮崎柊羽」
「七人の武器屋/大楽絢太」「紅牙のルビーウルフ/淡路帆希」
「かのこん/西野かつみ」「パラケルススの娘/五代ゆう」
「狂乱家族日記/日日日」「戦う司書と恋する爆弾/山形石雄」
「貴族探偵エドワード/椹野道流」「サムライガール/みかづき紅月」
「狼と香辛料/支倉凍砂」「とらドラ!/竹宮ゆゆこ」
「鋼殻のレギオス/雨木シュウスケ」「マテリアルゴースト/葵せきな」
「クジラのソラ/瀬尾つかさ」「きゅーきゅーキュート!/野島けんじ」
「けんぷファー/築地俊彦」「“文学少女”と死にたがりの道化/野村美月」
「円卓生徒会/本田透」「くじびき勇者さま/清水文化」
「メイド刑事/早見裕司」「光炎のウィザード/喜多みどり」
「瑠璃の風に花は流れる/槇ありさ」「レイン/吉野匠」
・富士見ミステリー文庫
「しずるさんと偏屈な死者たち/上遠野浩平」「マルタ・サギーは探偵ですか?/野梨原花南」
「GOSICK ―ゴシック―/桜庭一樹」「ROOM NO.1301/新井輝」
「食卓にビールを/小林めぐみ」「砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない/桜庭一樹」
「涼宮ハルヒの憂鬱/谷川流:著」(以下:ハルヒ)は03年にスニーカー文庫より刊行されたライトノベルだ。社会現象を起こしたライトノベルとしてハルヒ前・ハルヒ後という概念すら生まれ、業界のトレンドを塗り替えた作品とも言われている。
また、レーベル戦争において電撃一強になりかけていた中での、スニーカー文庫が巻き返しを図る象徴として作品の内容や売り上げ以上に重要な存在となっていったという研究もある(※24)。
「ハルヒ」は内容面でも研究対象としての解釈がとても多様かつ極端な作品だ。セカイ系の集大成あるいは最終進化系という評価がある。「ハルヒ」はセカイ系のパロディであり「日本沈没」に対しての「日本以外全部沈没」、あるいはムーブメントそのものを洒脱に皮肉ってみせた「名探偵の掟」や「ドラゴンはダメよ」のような、そういう位置付けの作品であるという研究(※25)、「moon」のアンチRPGのようにセカイ系をひねって否定しようとしているという研究などなど、説得力のあるものから眉唾ものまでライトノベル史上最も研究が多いのではと思ってしまうほどに『ハルヒは○○』という話が転がっている。
最終的には『ハルヒが何系かだって? そりゃあハルヒ系だろ!』なんて結論も飛び出してくる感じだ。
※24 アニメ化による影響が強いという研究もあり、またもう少し後にはじまる動画時代のMAD文化・ミーム文化がそれをより加速させたという研究もある
※25 小松左京の日本沈没のパロディとして筒井康隆が書いたのが日本以外全部沈没、名探偵の掟は新本格ブームのような推理小説界での動きを東野圭吾が皮肉ってみせた小説で、ドラゴンはダメよはD&DのようなTRPGを忠実に小説化するということをシュールに描いてみせた海外産ファンタジー小説。
少なくとも「エヴァ」から「ブギーポップ」を経てのセカイ系の空気感、昔ながらのヒロイック・ファンタジーが薄れて現代ファンタジーが増加し続けていたトレンドの中から生まれた作品であることは間違いなく、セカイ系がたどり着いた終着駅という意味での解釈は私もしている。
いずれにせよ、この作品の大ヒット以降、それまでのポスト・エヴァかセカイ系かというような視線はポスト・ハルヒか否かという風に変化していくことになる。
主流としての地位は失った本格的なファンタジーの系譜だが、根強く支持され続けてもいた。「12月のベロニカ」は新人賞受賞作品でありながら、小説でしか味わえない技巧の妙技を尽くしたファンタジー小説の傑作と評価され、「狼と香辛料」はライトノベル・ファンタジーでありながら中世ヨーロッパを題材にした歴史小説を読んでいるかのような描写と設定が高く評価された。
「されど罪人は竜と踊る」と「薔薇のマリア」はライトノベルにおけるダークファンタジーの代表作というように言われることもある作品だ。
また、エンターブレインが02年より「ドラゴンランス」新翻訳版の刊行をスタートさせるなどの動きもあった。
「彩雲国物語」は少女小説発の東洋風ファンタジーだが、ハイクオリティに作り込まれた架空歴史小説として一般文芸や歴史小説愛好家層からも支持された。
未来に映画化された際にライトノベル業界を大きく驚かせる「All You Need Is Kill」は、スーパーダッシュ文庫からこの時期に刊行されている。
決して長いとはいえない生涯だった富士見ミステリー文庫が覚醒した、閃光のような輝きを放つ黄金期でもあった。
「GOSICK ―ゴシック―/桜庭一樹」と「砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない/桜庭一樹」は非常に大きな反響を呼び、一般層が読むライトノベル、一般文芸で戦えるライトノベルといった評価が飛び交い、この時の話題と注目こそが後の新文芸につながる直接的な始まりだったとする論も出てくるようになる(※26)。
ライトノベルの中からもそういった方向性の作品は急増している。「電波的な彼女」や「“文学少女”と死にたがりの道化」などは、それまでのライトノベルとは違う切り口の作品として注目作となった。
※26 氷菓こそが始祖・元祖だろうみたいな論もありますが、氷菓・GOSICK・砂糖菓子の弾丸を並べて新文芸(ライト文芸)のはじまり御三家みたいに扱われることが多いかと
「サムライガール/みかづき紅月」(05年)を紹介しておきたい。こちらは美少女文庫というレーベル発のR-18小説だ。ジュブナイル・ポルノとも呼ばれるジャンルであり、漫画界で一般的にエロ本と呼ばれるカテゴリがどうしても肩身が狭かったり社会的地位が低かったりするように、ライトノベル界でもそういう枠が存在する。
官能小説が一般文芸界では芸術評価される側面があることや、PC-R18ゲームはゲームの歴史に与えた影響も大きく日陰者でありながらも完全には無視されないことなどと比較して、R-18ライトノベルの地位は本当に低い。だが、その戦場で活躍した作家・作品もまた時代には絶対に必要な価値の高いエンタメである。
ただ、エンタメ史として見た時にとにかく資料が少なく、本記事でもほぼ触れていない。今回は美少女文庫でシリーズ化されたこちらの作品と、いつかこのジャンルをしっかりと取り上げる際には極めて重要な作品になるだろう「黒猫館/倉田悠子:著」(87年)だけを挙げておく。
ライトノベルの今後を見ていく上で、学園ファンタジーというキーワードが非常に重要なものとなってくる。「ハルヒ」もその枠に入るわけだが、他にも特筆するべき作品が既に複数出てきている。それらは特化した章を設けているのでそちらに回したい。
◆WEBという新大陸は何をもたらすか◆
過去にはなかった完全に新しい動きがエンタメ世界に芽吹きはじめる。初出はWEBというムーブメントだ。軽く名前だけ出したケータイ小説からは「恋空(06年)」が大ヒットしたりしているが、PCでの閲覧を前提としたWEBサイトというものが定着し出した時代でもある。
「氷菓」はWEBサイト上で公開されていた作品をベースにして新人賞へ応募し受賞したという経緯が知られている。同じような動きとしては未来のライトノベル界の主役の1つとなる「ソードアート・オンライン」もそのベースはWEBサイトにて公開されていた(※27)。
一般文芸では匿名掲示板というWEB世界出身の「電車男(04年)」が大ヒットするなど、紙や映像で楽しむエンターテイメントのスタート地点がWEBであるという現象がじわりじわりと現れだしてくる。
「レイン」はアルファポリスという新興の出版社から刊行されたファンタジー小説だが、この作品もWEBサイト掲載が初出である。その上で前述作品たちと決定的に違うものとして注目されることがあり、それはアルファポリスという出版社そのものとセットになる。
のちに大きなムーブメントとなるWEB発ライトノベル的小説の商業書籍化というスキームを構築する先達こそがアルファポリスであり、小説家になろうブームよりも早い、なろう以前のWEB発ラノベ系小説の始祖候補として語られる存在であるからだ(※28)。
ただし、アルファポリスは自費出版事業をまず立ち上げており、その延長線上にあったビジネスという側面も持ってはいたので、なろう系とはかなり性格が異なることは留意したい。
※27 出版社主催の紙媒体系新人賞への応募・受賞を経ての商業デビュー組であるため、現代の一大ムーブメントであるWEBサイト出身とは別として区分されることが多い
※28 小説家になろうというサイト自体は04年には誕生済
一般文芸では「妖怪アパートの幽雅な日常(03年)」「心霊探偵 八雲(04年)」「四畳半神話大系(05年)」「魔王(05年)」「図書館戦争(06年)」「化物語(06年)」「獣の奏者(06年)」「僕僕先生(06年)」などがライトノベル読者層とも親和性が高い作品として人気を獲得し、新文芸形成のムーブメントへと合流していく。
「ブレイブ・ストーリー(03年)」は、一般文芸のヒット作家による本格的なファンタジー小説としてライトノベル・レーベル版も刊行された。
04年に刊行された「空の境界」は初出が98年の同人サークルHPだ。WEB小説として最初期組の作品と言えるが、WEBから商業書籍化というルートではなく、01年に同人誌化されている。
TYPE-MOON作品としてそちらでの伝説に組み込まれてしまうため、「レイン」のような動きとは別物として認識されている。
児童文学からは「若おかみは小学生!(03年)」「黒魔女さんが通る!!(05年)」「らくだい魔女(06年)」を挙げておきたい。
90年代と00年代をつないだセカイ系という特異領域を超えて、ハルヒ以後、WEB発ムーブ、新文芸前夜がそれぞれ姿を現した。エピックでヒロイックなファンタジー黄金期が終わったライトノベルは、それでも止まることなく新しい時代を進み続ける。
◆シリーズ化による不活性化と、オンラインの台頭◆
・2003~06年のコンピュータRPG戦線
「ドラッグオンドラグーン/スクウェア・エニックス」「魔界戦記ディスガイア/日本一ソフトウェア」
「ヴィーナス&ブレイブス/ナムコ」「ボクらの太陽/コナミ」
「メイプルストーリー/ネクソン」「永遠のアセリア/ザウス」
「斬魔大聖デモンベイン/ニトロプラス」「わたしのゆうしゃさま?/ MASA」
「ファントム・ブレイブ/日本一ソフトウェア」「天空のシンフォニア/カクテル・ソフト」
「ローグギャラクシー/SCE」「ラジアータ ストーリーズ/スクウェア・エニックス」
「Twelve~戦国封神伝~/コナミ」「メタルサーガ ~砂塵の鎖~/サクセス」
「フェイブル/マイクロソフト」「アラド戦記/ネクソン」
「マビノギ/ネクソン」「ジェイド エンパイア ~翡翠の帝国~/マイクロソフト」
「ルーンファクトリー -新牧場物語-/マーベラスインタラクティブ」
「アルトネリコ 世界の終わりで詩い続ける少女/バンダイナムコゲームス」
「ファイナルファンタジー・クリスタルクロニクル/スクウェア・エニックス」
「ヴァルハラナイツ/マーベラスエンターテイメント」「ユグドラ・ユニオン/スティング」
「ブルードラゴン/マイクロソフト」
まずは、「ポケットモンスター」「ドラゴンクエスト」「ファイナルファンタジー」「テイルズ」「女神転生」「サガシリーズ」「聖剣伝説」「ゼルダの伝説」などはこの時代も大人気だ。
「イース」「アトリエシリーズ」「シャイニングシリーズ」なども固定ファンを獲得している。「スーパーロボット大戦」のような複数作品が集合したタイトルも人気だ。
ライトノベル・漫画・アニメのヒット作をゲーム化したものもファミコン時代から継続して出続けていた。
日本一ソフトウェアの出世作となった「魔界戦記ディスガイア」や、牧場経営ゲームからRPGにリブートした「ルーンファクトリー」などもここから人気シリーズ化していく。
「ファイナルファンタジー・クリスタルクロニクル」はナンバリングシリーズとは別でカウントされる作品だ。この作品の誕生背景はゲーム史でならがっつりやるところなのだが、本記事では名前紹介だけとなる。
そういえば、しれっとスクウェアとエニックスの名前がくっついているが合併したからである。メーカー合併の話はどこかでやりたくはある。
率直に、家庭用ゲーム機におけるファンタジーモチーフの新規タイトルRPGのヒット作というものは落ち着いてきていた印象はある。その代わりというわけではないが、台頭しだすのがMMOを中心とするオンラインRPGだ。
「メイプルストーリー」もそういった大ヒット作の1つだが、この作品はハンゲームというプラットフォームとの関係も深い。
ハンゲームは韓国発のPCブラウザ型ポータルサイトにして、ゲーム特化型コミュニティの先駆けの一つといわれるサービスだ。日本版は00年にサービスを開始した。ログインすることでさまざまなゲームを基本無料で楽しめるデジタル世界のゲームセンターのような存在として時代の寵児となっていく(※29)。
ハンゲームはRPGの提供にも力を入れており「メイプルストーリー」はその目玉として、一大ムーブメントを生み出した。同時に課金問題なども顕在化しはじめていくが、本記事ではiモード誕生からの流れやアバターの歴史などを触る余裕もないため、従量課金とアイテム課金の歴史などは省略させて頂く。
携帯電話のゲーム史としては「ドラゴンクエスト」はかなり初期から参入しており、00年には今では幻とされる「ドラゴンクエストNET」がリリースされている。
ソーシャルゲーム(以下:ソシャゲ)という概念につながっていくSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)も登場しはじめる。
04年にmixi(ミクシィ)、GREE(グリー)が誕生し、06年にはMobage(モバゲー)が続く。mixiはソシャゲ部門では後発となるが、GREEとMobageは新時代ゲームプラットフォームのシェア争いを行う関係となっていく(※30)。
※29 世界的企業になる動きとしては中国のテンセントが有名
※30 ソシャゲは発展に伴ってぶっちゃけソーシャル要素なくねって作品も出てきますが、そういったものや、判断が難しい過渡期のブラウザ型オンラインゲーなど、そこらへんはざっくりソシャゲ呼称でいきます。
RPG外からは「クイズマジックアカデミー」「カルディナルアーク ~混沌の封札~」「THE 地球防衛軍」「キャッスルヴァニア」「SIREN」「マブラヴ」「流行り神 警視庁怪異事件ファイル」「巣作りドラゴン」「絢爛舞踏祭」「ゴッド・オブ・ウォー」「神曲奏界ポリフォニカ」「戦国BASARA」「プリンセスコンチェルト」「龍が如く」「ワンダと巨像」「夜明け前より瑠璃色な」「対魔忍アサギ」「大神」「LA-MULANA」「デッドライジング」「アルカナハート」あたりだろうか。
特筆したい作品も多い。まずは「モンスターハンター」だろう。MMOとはまた異なる協力型ハンティングアクションは、シリーズを重ねる中で次世代ハード戦争の主役となり時代を代表する作品となった。
「アヴァロンの鍵」「ドラゴンクロニクル」はアーケード業界にカードゲーム要素を取り入れた先駆け的作品だ。TCGアーケードと呼ばれるジャンルについてはアナログゲーム特集の際に一緒に解説したい。
アーケード出身で家庭用ゲーム版が出た際にDLCという魔性でTVゲーム業界を作り変えてしまった「THE IDOLM@STER」はファンタジーものではないが、この先のファンタジー系エンタメを見ていく上で欠かせない存在になるという、不思議な立ち居地の作品だ(※31)。
「コール オブ デューティ」「HALO」はFPS(ファーストパーソン・シューティングゲーム)と呼ばれるジャンルだ。90年代で紹介しなかったが任天堂から出ていた「ゴールデンアイ 007(97年)」なども同ジャンルであり、これは日本ではそこまででもなかったが「DOOM」という下地のある海外では大人気ジャンルに成長していた。日本でもじわりじわりと人気が広まっていくことになる。
フリーゲームの隆盛を語る上で重要な作品の1つと言われているのが、開発室Pixelが手掛けた「洞窟物語」だ。日本での人気以上に海外で圧倒的高評価を得て、任天堂・オブ・アメリカも動かすムーブメントにまで発展した。
同じくフリーゲーム発で面白い動きを見せたのが「レミュオールの錬金術師」だ。サークル・犬と猫が提供する「晴れたり曇ったりシリーズ」というフリーゲームなのだが、日用雑貨量販店であるダイソーから発売、携帯アプリ版の発売、ニンテンドーDSからの発売などこちらも独特の動きをみせており、シリーズ新作をサークル直売のシェアウェア(※32)でも提供するなど、同人会場発の頒布ゲームともまた違う流れを担う一翼となった。
98年に登場したWebMoneyなどの電子プリペイド決済を、こういったゲーム購入ではじめて使用したという者もいるかもしれない。
※31 DLCとはダウンロードコンテンツのことで、個別に購入することでゲーム上のアイテムやコンテンツを追加できるシステム。今では当たり前になったが、登場時はユーザーを驚愕させる斬新手法だった。THE IDOLM@STERのDLC商法が大成功したことが業界に与えた影響はかなり大きい
※32 シェアウェアはソフトの使用(ここではゲームプレイ)に対して、一次的な利用は無料だが継続的使用は有料となるシステム。今でいう体験版は無料で完全版は有料なダウンロード型という認識で問題ない
インディーズゲーム界の王者となるSteamの誕生が03年であり、そちらとあわせてコンピュータゲーム界も家庭用ゲーム機とアーケードとPCソフトだけ語れば良いという時代でもなくなっていく。
「リネージュ」「ラグナロクオンライン」「メイプルストーリー」などは、本格的なファンタジーやハイファンタジーというフレーズを出した時にそこに入ってくる世界観の作品だ。
ドラクエが青春の思い出におけるファンタジーだった層がいる。ポケモンがそれになる層がいる。そしてMMO-RPGこそがそれとなる層も生まれ始める。
◆ローファンタジー黄金期とも言える時代?◆
・03~06年漫画
「DEATH NOTE」「銀魂」「武装錬金」「NEEDLESS」「結界師」「魔法先生ネギま!」「バジリスク ~甲賀忍法帖~」「夏目友人帳」「XXXHOLiC」「ツバサ-RESERVoir CHRoNiCLE-」「CLOTH ROAD」「ドロヘドロ」「ぼくらの」「女王騎士物語」「びんちょうタン」「ヴァンパイア騎士」「陰陽大戦記」「D.Gray-man」「家庭教師ヒットマンREBORN!」「ムヒョとロージーの魔法律相談事務所」「絶対可憐チルドレン」「ソウルイーター」「黒神」「ロザリオとバンパイア」「天体戦士サンレッド」「Ubel Blatt~ユーベルブラット~」「隠の王」「セキレイ」「薬師アルジャン」「神無月の巫女」「モノクローム・ファクター」「魔人探偵脳噛ネウロ」「世界の終わりの魔法使い」「喰霊」「かんなぎ」「鉄のラインバレル」「惑星のさみだれ」「あまつき」「怪物王女」「屍姫」「ワールドエンブリオ」「To LOVEる -とらぶる-」「エム×ゼロ」「テガミバチ」「FAIRY TAIL」「ヨルムンガンド」「聖痕のクェイサー」「黒執事」「水惑星年代記」「未来日記」「咲-Saki-」「学園黙示録 HIGHSCHOOL OF THE DEAD」「夜桜四重奏」「ブレイク ブレイド」「聖☆おにいさん」「イムリ」「おとめ妖怪ざくろ」「しゅごキャラ!」
ファンタジーらしいファンタジー作品としては「女王騎士物語」「ソウルイーター」「FAIRY TAIL」などがあるが、やはり現代×異能力や現代×異世界のようなスタイルが強い印象だ。
「DEATH NOTE」はダークヒーローものとして一世を風靡するが、ダークヒーローってのは「アクメツ」みたいな作品でこれはまた違うのではなどの議論も呼んだ。
CLAMPの「XXXHOLiC」と「ツバサ-RESERVoir CHRoNiCLE-」は、異なる作品で共通世界として物語を交錯させる手法を青年誌と少年誌での平行連載で行って話題を呼んだ。
「びんちょうタン」は無機物を美少女擬人化させた作品として、そのジャンルの先駆けとも言われている。擬人化そのものは古いルーツを持ってもいるが、その方向の一大ムーブメントが巻き起こるのはもう少し先となる。
「咲-Saki-」はカテゴライズするなら麻雀漫画なのだが、現代学園異能ものという表現も出来るといえば出来る作品だ。だが、その方向性では「兎-野性の闘牌-」が先達としてあり、その2つを挙げたら天だアカギだ哭きの竜だ哲也だとまあ広がりすぎる。ここらへんは取捨選択が難しい。それでも「咲-Saki-」は拾っておきたいところか。
そういう意味ではバトルがファンタジーの領域に入っていたりMMO-RPGをモチーフにした展開も出てくる「嘘喰い」あたりも悩ましい。
歴史系として「シグルイ」「へうげもの」「ヒストリエ」「ヴィンランド・サガ」「キングダム」「センゴク」なども人気となった。
また、前の世代で「あずまんが大王」などを取り上げたが、この時代からは「らき☆すた」「荒川アンダー ザ ブリッジ」「ハヤテのごとく!」「ひだまりスケッチ」「みなみけ」「WORKING!!」「それでも町は廻っている」「うさぎドロップ」「こどものじかん」「まりあ†ほりっく」あたりを挙げておきたい。
「WORKING!!」は商業版刊行こそ05年だが初出は02年の個人WEBサイトであり、WEBサイト出身漫画枠でもある。
・03~06年アニメ
「宇宙のステルヴィア」「WOLF'S RAIN」「GAD GUARD」「無人惑星サヴァイヴ」「神魂合体ゴーダンナー!!」「LAST EXILE」「舞-HiME」「魔法少女リリカルなのは」「蒼穹のファフナー」「サムライチャンプルー」「爆裂天使」「魔法少女隊アルス」「ふたりはプリキュア」「かみちゅ!」「BLOOD+」「ガン×ソード」「地獄少女」「交響詩篇エウレカセブン」「創聖のアクエリオン」「CLUSTER EDGE」「おとぎ銃士 赤ずきん」「コードギアス 反逆のルルーシュ」「ゼーガペイン」「奏光のストレイン」「スカイガールズ」
アニメはロボものが強い。ライトノベルもロボもの伝統はあるのだが、それでもやはりという感じだ。
「魔法少女リリカルなのは」は正確には原作がゲームと言えるのだが、複雑な経緯の結果、実質独立したオリジナルアニメのような形となって大ヒットした作品のためアニメ枠とした。
女児向け作品をほぼほぼスルーしてきたのにここで「ふたりはプリキュア」だけ取り上げるのもあれなのだが、知名度的にまあ名前だけでも。
他に名前を挙げておきたいのは「カレイドスター」「極上生徒会」あたりか。
映画では「ロード・オブ・ザ・リング」と「ハリー・ポッター」旋風が続く中、世界的名作古典である「ナルニア国物語(05年)」も映画化され、実写系ファンタジーが引き続き盛り上がっている。
「スチームボーイ(04年)」のような新作SF作品が公開される一方、80年代作品である「APPLESEED(04年)」や、世界的に高く評価されることになる「時をかける少女(06年)」のアニメ映画版など、往年の名作の名画化も活発だ。筒井康隆作品では「パプリカ(06年)」も話題となった。
水木しげるや京極夏彦などのその筋のプロも関わった「妖怪大戦争(05年)」も60年代作品のリメイクだ。
他に絵本が原作となる「あらしのよるに(05年)」やアメリカン・コミックが原作の「300 〈スリーハンドレッド〉」などが公開された。
90年代後半~00年代半ばは世紀末による社会情勢、インターネットの急速な発展、娯楽機器として進化する携帯電話事情など、エンタメが昔のままではいられない変革があまりにも多い時代だった。
そういった中でライトノベルを筆頭に、古き良き気風の本格的なファンタジーを主役と仰ぐ認識は、全てのコンテンツにおいて壊滅的にというわけではないが、それでも一度死んだと言ってもよいと語った。
令和までそのままなのか、この先の時代はそれを探る旅という意味合いも出てくるだろう。だが、その前に、古き良き気風の本格的なファンタジーという概念は一体何を指しているのか、それをもう少しだけ見つめたい。
その作業に最適だと私が考えているムーブメント、それが宮崎駿とジブリだ。未来も気になる。だが、ここで一度時間を巻き戻したい。ファンタジーの望郷を確かめにいこう。
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