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『「脳コワさん」支援ガイド』【読書感想文】(前編)

『「脳コワさん」支援ガイド』(鈴木大介著・グラフィックレコーディング清水淳子/医学書院)
を、読了。

読みながらTwitterにメモした内容を軸にしつつ、見返しやすいようにまとめ直した。半分はTwitterからの引用。


実は読み始めるまでにも、結構時間がかかった。

https://twitter.com/pandemonic69/status/1274228067427160066?s=20

買ってから数週間も経ってやっと開いたわけですが、こういう本を読むのはそれなりに勇気がいる。
というのは、自分の状態と向き合わざるを得なくなるから。
余力のあるときじゃないと無理っすわ。

いやほんとうにこれ、余力がないと読めない。
読んでいちいち、いろんなことが頭に浮かぶから、体力と時間をごりごり持ってかれるんですわ。


ここから本題。
多くに共通する症状として挙げられる

『本が読めない』という症状について。

https://twitter.com/pandemonic69/status/1274229365753040896?s=20

あー、あああ、本を読めないのに、長年Twitter中毒になっていた理由がなんかものすごくはっきり可視化されてしまった

意志力の低下と、情報刺激中毒のせいだけだと思っていた。

多分これ、本を読めなくなった理由と同じだ。
作業記憶が弱って、一定量以上の文章を脳内に保持できなくなったから。
https://twitter.com/pandemonic69/status/1274230088960110592?s=20

Twitterなら、基本140字以下で完結するから、読めたんだ…。
これはえぐい。Twitterしか読めない廃人いろいろと厳しすぎるだろ…。
そういえばリンク先の記事がその場で読めなくて、あとで読むつもりで何百ページも開きっぱなしになっていた時期、長かったわ。

Twitterが一番読みやすい媒体だったがゆえに、本を読むことに対する執着心みたいなものを、Twitterで果たそうとしていたのかもしれない。
他のSNSではなく、それがTwitterだった理由は『脳内に保持して置ける140文字』『読むことへの執着』『情報という刺激』の3条件を満たしていたからだと思う。

本を読みたいという願望は強かったが、残念ながら、本とTwitterには、機能的な互換性がほとんどない

したがって貯まるのはフラストレーションばかり。
衝動は果たされるものの、欲望は満たされない。

Twitterでの情報収集、というより、ただただ半永久的にTLを追いかけ続けてしまう行為を、やめたいのにやめられない、という状況が生む苛立ちは、長年かなり大きかった。

が、実は。
このフラストレーションについては、先日ブレイクスルーがあったので、別の記事で改めて言及しようと思う。
ほんとうに大きいブレイクスルーだったので、けっこう感動したんだよね。


続いて、言葉が聞き取りにくい問題への言及があるけど、今はそこまでしんどくないので割愛。

コミニュケーションの話。

https://twitter.com/pandemonic69/status/1274265792410816513?s=20

言葉のキャッチボールはあかんやつ。今もできているか怪しい。表情や抑揚は、自分ではできているかどうか確認できないのが困る(やっているつもりではある)話を投げられても、返事が思い浮かばなくなったので(あるいは思いつくのに異様に時間がかかるようになったので)リアクションがすべて死んだ。
https://twitter.com/pandemonic69/status/1274266742353608705?s=20

多分人間のコミュニケーション、表情と抑揚と相槌のタイミングだけごまかせれば内容は割とどうにでもなるところがあるので、表情と抑揚の訓練をしたいということは真剣に思う。これがうまくいっていないことは薄々分かる。こればっかりは、だれかマジで練習相手をして欲しい。良い方法はないもんか。

言葉のキャッチボールは、とにかく人と接触して訓練するしかないが、矢鱈な人間を捕まえて訓練するわけにもいかんので厄介。
社会生活を最低限度のパターン処理みたいなやつで乗り切るすべは、何とか体得したが、それじゃかなわんのじゃ。
もうちょっと人間らしいコミニュケーションを取り戻したいんじゃ

でまあ、キャッチボール練は誰か協力的な他者が必要になるのでひとまず置いといて、とりま、表情と抑揚の練習をしないといかんと思うのよね。

これもじつは、ちょこっと思いついたので、改めて別の記事でまとめようと思っている。

プロセスの振り返り。

だいぶ医者に腹を立ててますねこれ。

そこはまあいいです。

こういう状態になる前に、脳の機能や心理に関する問題に、一定程度の知識があったことと、そもそも言語化の習慣があったことは、本当に良かったと思う。今思えば、という話だけど。
メンタル界隈の友人が多く、人間の脳の機能に元々興味があったおかげで、自分に異常を感じたときに、なんかそういう雰囲気のアレっぽいぞ、と、あたりをつけて現状分析にあたれたことは非常に良かった。
とはいえ、現状に対して、直球なものではなかったので、現在の認識にたどり着くためには、いろんな心当たりをはしごして、相当遠回りはあったけど。

後は、割と小さいころから大学院に行くつもりでいたので、かなり長年にわたって観察と分析の訓練をしていたことも非常に良かったよねこれ。
まあ、進学は、頭が壊れてぽしゃったけど。
あと数歩のところで進学ができなくなった件については、すげえ巨大な怨念があるけれども、とりあえずその話はすごくどろどろするからやめよう。
今はやめとこう。
たぶん、自分の抱えてる怨念の中で一番おっきいやつが出てきちゃうからやめよう。

言語化もね、得意だったんだよ。
少なくとも以前は。
今当時の文章を読み返すと、別人が書いたとしか思えんもんね。
天才かよこいつって思いながら読んでるもん。割とマジで。

いずれにしても、もともと自分が得意だったことを使って生きのびたのは確かだと思う。
本当に生きるか死ぬかぐらいの感じだった頃も、まあまあマシになった今も『以前の自分』に生かしてもらっている実感はものすごくある。

ここ数年
「昔の自分という預貯金がいいかげん尽きててやべえな」
という焦りが非常にあったんだけれども、今回の本を読んで
「昔の預貯金を切り崩して生き延びている、という気持ちじゃなくて、それが得意なんだからそれを柱にしてやっていこうぜという感じでいいんじゃねえの」
と思えたことはすごく大きかったと思う。

つまりだね。
「もともと苦手だったことを穴埋めして、何とか普通の人なみの凸凹にしよう」
みたいな努力は的外れもいいとこだったんだよ。

もともと苦手だったことは、死ぬほど訓練したってやっぱり苦手で、そうそう人並みにもなんねえわけよ。
以前得意だったことをやったらいいじゃん。ということだよ。

ぜんぜんできなくなったっつってすげえ絶望してるけどさ、以前得意だったことは、今だって頑張ればなんとか人並みちょい上ぐらいなんじゃねえの?ということには、ここ1、2年でうっすら気づきつつあったじゃん?
そこで勝負する方が、苦手な部分で勝負するより、だいぶマシなんじゃねえの。

得意だったことができなくなることが一番しんどい。

https://twitter.com/pandemonic69/status/1274319245396992000?s=20

『元々10秒で走れていた人が、15秒でしか走れなくなったら、成人の平均が15秒だったとしても本人には耐えがたい苦痛』ここはとても重要だと思う…平均以上で走れてるのに、それが苦痛だなんて甘えにも程がある、と思われそうで言えなかったけど、これは本当にそう。これが一番つらい。

つらがってる場合じゃねえよ。
それ以外はもっとどうにもなんねえんだから、それでなんとかやっていくしかねえじゃん。
今だって自分の能力の中では、相対的に優位じゃん。それよりも得意なことが他にあんのかよっていう話じゃん。
多分、今まで食いつぶしたと思っていた貯金だけど、完全になくなったっていうわけじゃないし、その上にこれからいろいろ乗っけていく余地も十分あるんじゃねえかな。

とりあえず目下は、記憶力と、書くことと、読むこと。このあたりを意識的に強化していこうかなと思っている。

自己開示と協力者づくりは、前から大変苦手だったので、まあ。まあね。
これからですわ。

いうならば、ここに、こういった内容をまとめるのも、向き合うのがしんどい種類の本を読みながら、出てきたモノをTwitterに連投することも、自己開示の一種なんだと思っている。
自分のことを、第三者が見る可能性のある場所に書くことは、第三者に自分のことを話す前段階としてけっこう有効なんじゃないかなと。
協力者づくりも、その延長線上にあるように思う。

このnoteは、もともと日々をなんとかやっていく工夫みたいなものを、記録して、読み返して、ブラッシュアップしようと思って開設したわけだけど、自分の中身みたいなものをさらけ出すのが嫌なあまり、結局1年近く、単なる記録帳として使っていたわけだよね。
でも、こういうことをうだうだ書き出してからの方が、明らかに、自分にとっては有益な発見や変化が多い。

書いて、投稿する、ということは、自己開示だけじゃなくて、受容や、言語化というフェーズも兼ねているはず
たぶんもっと積極的にやっていいし、やるべきなんだろうと思う。

長くなってきたので、前編はここまで。

後編はこちら。



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