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塔2024年3月号若葉集より(好きだなと思った歌10首)
塔の会誌を読みながら、ああいいなと思った歌に印をつけています。印をつけただけだと忘れてしまうので書き写すようにしています。
こちらではそのうち10首を紹介します。
笑へないのに笑ふとき皮膚の下をゆつくり泳ぐさかな、ぎんいろ/藤田ゆき乃
心と感情が合わない時の肉体感覚を独特の喩で表現されている。結句の「ぎんいろ」に鈍くひかる主体の気持ちがさらに重なる。
一滴でも水は水なら一行でもこれは私の絶叫だから/潮未咲
感情を凝縮して放つ一行。重さ、濃さ、色々な思いを乗せて短歌を詠む。「一滴」のしずくにも無視できない思いが含まれているような感覚がある。
てのひらに刃のぬくもりを押しあてて半丁の豆腐をふたつにわける/山崎杜人
「ぬくもり」は優しさだろうか。冷たい豆腐を切り分ける細かい観察の中に、自分と他者の関係性にも置き換えられる奥深さを感じた。
セロを弾く男が見てた暗闇の穴があいてるような空席/大林幸一郎
勝手な思い込みかもしれないが、セロをひく(チェロとは言わず)人には何か違うものが見えていそうなイメージがある。日常と非日常は意外なところで繋がっているようだ。
車窓より今朝も眺むる筑波嶺は曇天の空ぐいと押し上ぐ/小芝敬子
関東平野に聳える筑波山は、遠くからもよく見える。少し気持ちの重い日も山を見て元気を出しているのだろう。(新幹線で移動しているときも筑波山を見るのが楽しみです。)
取り壊す実家の庭にビー玉の赤や黄色を埋め戻したり/ダヤン子砂
ビー玉がずっと暮らしていた思い出に託す素敵なアイテムとなっている。これから取り壊されようとしている実家への寂しさに彩りを加えるような切なさも感じる。
部屋干しのタオルを揺らすものはなく琥珀のような真夜の1K/古井咲花
琥珀のようなというところに、時間や空気もとどまっている濃密な空間であることを感じる。永遠が続いてしまいそうな喩が美しい。
つぎつぎと来ては人乗せ去って行くバスターミナルのバスの忠誠/則本篤男
それがはたらくくるまの宿命であるが、忠誠と表現したところが面白い。バスはときどき人格を持つようだ。バスターミナルという同じ仕事を持つバスたちが集う景があるのもイメージを増幅させて面白い。
家々が裏口ばかり向けてくる緑道の中をすり抜けていく/藤田エイミ
緑道に対して少し期待していたのだろうか。自分に対して向けているわけではないものを主体の目線で語る部分におかしさがある。普段知っている人の裏の顔ということであれば、一見静かな自然の多い緑道に不穏な感じがしてくるのも面白い。
パイプ椅子並べ置かるる窓際に日の差し入れば汀のごとし/浅野馨
並べられたパイプ椅子に陽光がさして反射して波打ち際のようにキラキラと光っているのだろう。パイプ椅子はこれから何か催し物が始まるのかもしれない。そんな期待もあり美しい光景だと思った。
以上です。
お読みいただきありがとうございました。