人事科学読本3

ピープル・アナリティクス入門:データサイエンティストが噛み砕いて説明します

人事スペシャリストのあなたも、現場マネージャーのあなたも、ベンチャー創業者のあなたも、最近出入りした他の社員が単に気になるあなたも、「ピープル・アナリティクス」という言葉を聞いたことぐらいはあるかもしれません。

データやピープル・アナリティクスが、職場環境や働き方を変えつつあると言っても過言ではないでしょう。人事業界の専門家もこのトレンドを敏感に察知しており、例えばデロイトは『人事を「データ化」するための長期計画』がいかに大事かを説いています。

データや分析の力で職場環境を管理したり改善できることは、確かに魅力的に映ります。

しかし、もっと従業員の理解を深めたいと思っても、アナリティクスや分析に対しては大きな(心理的・物理的な)壁を感じてしまう方が多いのも事実です。 結局のところ、データ・ドリブンな人事はまだまだ新しいトレンドであり、学んで業務に取り入れるまでには時間がかかることもあります。

人事科学読本1

私もデータサイエンティストとして、上記のような壁を取り除くためのヒントとアプローチを学びました。 以下には、皆さんの業務においてピープル・アナリティクスを成功に導く7つの手順と、いくつかのヒントを示していきます。


ステップ1:問題を特定する

ピープル・アナリティクスに取り組む意義を最初に理解することは、決定的に重要です。 言い換えると「何が課題なのか?」「何の事業課題を解決するためにやるのか?」または「課題解決のために何をする必要があるのか?」と問いかけることです。

このステップは最初に、また細心の注意を払って行う必要があります。 事業計画や事業の目的を経営陣と話し合って、全体像を理解しましょう。

最初の一歩を正しく踏み出しましょう。目的や課題が曖昧なまま進めると、何時間もの業務が無駄に終わってしまいかねません。

ステップ2:仮説を立てる

事業課題の背景にある原因や理由を検証する上で、「信念」や「意見」を元に仮説を立てておくことが重要です。 明確な仮説を立てることで、特にデータ収集(ステップ3)やそれ以降の手順も簡単になります。

「性別間で給与格差が拡大すると、離職率に直接影響を及ぼす」というのも仮説の1つです。(例1)

仮説は具体的であればあるほど良いです。事業課題に関連するKPI(重要な指標)やKPI同士の関係性を明確にしましょう。上記の例では、事業課題を象徴する結果指標は「離職率」、その原因を表す指標は「性別の給与」で、それぞれの推移を時系列で検証することから始めます。 仮説を明確にすることで、表面的な推測や偶発的な事業事象に左右されることなく、本当に根本的な原因に焦点を当てられるようになります。

ステップ3:データを収集する

これはステップ3であり、ステップ1ではないことに注意してください。

くどいようですが、まず第一に、明確な事業課題の特定が必要不可欠です。 こんな滑稽な例のようにはならないでくださいね。


最近あるスピーチの後、出席者が私のところに来て『会社の離職率を92%の精度で予測できるようになったんです』と意気揚々に教えてくれました。「すごいね! 離職は君の会社にとっても問題になっているのかい?」と私は尋ねましたが、彼女は『いいえ、そうでもありません』と言いました
ジョシュ・バーシン(世界で有数のHRをリードする人物)

ある人の分析プロジェクトは失敗し、ある人は成功します。 違いは何なのでしょうか。 最も重要な要因の1つは、データの質です。

この部分は、データを最大限に活用するために非常に重要であり、多くの時間と労力を要します。何故ならば、どんな研究でも結果とアウトプットの質は生データの質に依存するからです(単純な分析から複雑な機械学習まで同じことがいえます)。そのため生データの中の極端な値や欠けている値には特に注意を払い、必要に応じてそれらを置き換える必要があります。

また、データセットが標準化されていることを確認しなければなりません。例えば同じオフィスに対して異なる値を使用したり *1、雇用開始日と生年月日を異なる日付形式 *2 にしたりするのは、標準化されていない例です。

*1 東京、Tokyo、TKYがもし同じものを指すなら、1つの表記に統一すべきである

*2 2019-11-01 と 10/10/1970 のように入力形式が混在していると、例えば年代別の従業員分布や勤続年数の計算などに支障が出やすい

ステップ4:指標を定義する

指標は、プロジェクトの成否の本質を表します。そのため指標はできるだけ詳細かつ具体的にするべきです。ステップ2で紹介した例(1)で考えると、

一次指標:離職率
(事業課題に直結する結果指標)

二次指標:性別、給与(の格差の推移)
(一次指標に影響を及ぼしうる要素)

上記の他に、実行可能性に基づいて指標を分類することも大切です。

実行可能な指標とは、管理方法を変えることである程度影響を与えられるものを指します。例えば給与、現在のマネージャー、現在の役割などです。

反対に実行可能でない指標とは、容易に変えられない・影響を与えることが出来ない指標です。例えば性別、年齢、勤務地などです。

企業が実行可能な指標の方にはるかに興味を持っていることは明らかです。何故ならば、目標達成のために何をしなければならないか、を軸に考えるからです。とはいえ、企業が退職する可能性のある従業員属性を知ることができる点では、実行可能でない指標も依然として有用です。また、彼らを引き止める手段がもし無かったとしても、彼らの離職の兆候を予測することができます。

私の経験上では、従業員数が十分に大きい場合、実行可能でない指標に基づいて従業員をセグメント化し(勤務地ごとなど)、セグメントごとに異なる機械学習モデルを構築することで、離職予測の精度をより高くすることができました。

ステップ5:分析し、適切なインサイトを導き出す

さて、ついにデータを分析するときが来ました。 様々な統計的手法を駆使して仮説を検証し、生データから知的な洞察を引き出します。明確に定義された指標の中で、異常値(データの外れ値など)に細心の注意を払いながら、深掘りしていきます。

私はよく、分析を文脈(ストーリー)に落とし込むよう心がけています。 ストーリーの解像度は高ければ高いほど良いです。上記の「性別間の給与格差拡大と離職率の関係」を検証する例では、法改正や組織・人事制度の変更有無を調査したり、エンゲージメントサーベイ(満足度調査)の結果や、実際に従業員の生の声も参照しに行くと、より解像度が高まるでしょう。ストーリーを深く掘り下げ、客観的事実の裏付けも加えられれば、より影響力のある納得性の高い結論に達することができます。

ステップ6:意思決定者と対話し、変革を促す

どんなピープル・アナリティクスも、より良い未来を目指して始められます。 データと分析は単にExcelシート上に留まらず、インパクトのある変化を目がけて掘り出され、作成されるべきです。

しかしながら意思決定と変革を進めるには、部長から経営幹部に至るまで、社内のあらゆる人に調査結果や示唆を共有する必要があります。 難解なデータ/分析を説明し、説得するのは、非常に骨が折れます。

私はよく、(データに明るくなく、意思決定に多くの時間をかけられない多忙な)マネジメント層向けには、以下のようなテンプレートで調査報告を作成し、事業計画書に織り込んでいます。詳細な分析手法や結果などは、通常割愛します。宜しければ参考にしてみてください。

・ エグゼクティブ・サマリー(ハイレベルな要点のまとめ)
・ 分析の背景や経緯
・事業課題認識
・解決策および期待される成果
・費用対効果(ROI)
・プロジェクト/実装アプローチやスケジュール
・必要なリソース
・将来への提言

ステップ7:解決策の実装および評価

これはピープル・アナリティクスの最後のフェーズですが、最も重要なポイントの1つです。 意思決定事項と実装計画が調査・分析結果に基づいており、本件が組織にとって価値があったことを実証する必要があります。 価値があると認識されたら、そこから学び、更に次に繋げていきます。

以上がピープル・アナリティクス入門の7ステップです。そんなに難しくないですよね?

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いやいや「言うは易し」だよ、と思われたかも知れません。実際に私たちもこれまで、上記のステップに基づいて、ピープル・アナリティクスのコンサルティングや分析の受託を行っていた時期もありました。ですが、ある時私たちも「これは全ての企業で自動化・自走化されるべきだ」と考えるようになりました。人事やデータの専門知識が多くない方でも、ピープル・アナリティクスを簡単に使いこなせることを目指して、Panalyt (パナリット)は生まれました。
パナリットについてもっと詳しく知りたい方は、こちらをご覧ください。


元記事:You Don’t Have to Be Scared of People Analytics: A Data Scientist Breaks It Down [The Drill down. - Medium]

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