プレミアム……
お酒のにおいを嗅ぐだけで酔って眠りについてしまう私に事件が起きた。それは人気のない夜の公園内のカフェでのできごと。私はお腹が空いたので生パスタを食べようとした。隣に座っている男がパスタのおともにビールを飲んでいた。私は最初から、そのにおいをうっすら感じていたがやがて私の瞼は眠気へと落ちていた。起きると、男はいなくなっており食べかけのパスタとビールがテーブルに残っていた。なぜか店員が片づけない。おかしいな、もしかして男は電話とかに出て戻ってこないだけなのかな。そう思っていたら、フォークがゆっくり動いた。パスタを吸う音も聞こえる。私は驚いて、スマホをとりだし写真を撮った。まわりの3、4人の客がこちらを見ている。ほらほら、と皆の視線を透明人間に向けさせる。ほらほら……雲行きが怪しかった。皆が見ているのは私だ。透明人間が咳込んだ。パスタが喉奥につまったのか。透明人間の咳はだんだんとひどくなり、その咳に交じって外では急な雷鳴がはじまっていた。
「だいじょうぶですか」心配したのか、3、4人のうちの一人が透明人間に話しかける。「……」無言だけど伝わっている気配。もしかして聞こえないのは私だけ?「気にしないでくださいね」私を横目に睨みながら、3、4人のうちの一人は言った。
ビール瓶は表面を水の球でいっぱいにしていた。滲んでいる気配は、よってたかって私を泣かせているような感じだ。私の涙は窓の外の雨と合流した。気付くと透明人間が「気にしないでくださいね」と喚く私に話しかけていた。
それから、店員が何事もなかったかのようにテーブルの上のものをかたづける。私は見る。ガラスには止んできた雨の粒がぽつぽつ付いていた。上の粒を下の粒が受けとめ、またその下の粒を受け止める。私の眼中からいなくなったあと、地面をつらぬきこれらはどこにいくのだろうと思う。透明人間はこの夜道をどうやって帰っていくのだろう。改札ではあっさりとそれともしっぽりとセンサーにひっかかるのだろうか。友達はいるのだろうか。お互い炭酸が好きなんだ(私はジンジャーエールを飲んでいた)。いっそ私が友達になってあげても、いや断られたらショックだし……といろいろ悩んでなんだがぼんやりして、最終的に「プレミアム……」と私は静かにひとり言を言っていた。
それは自分の注文したアボカドパスタを平らげてから約45分後の事件だった。
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