ショートショート クリスマスのおくりもの
クリスマス・イブの夜、都会の喧騒で溢れる渋谷の街を一人彷徨う男がいた。
「ここはどこじゃ!?拙者は死んだのか!?」
男は江戸時代からタイムスリップしてきた侍だった。結い上げられた髪と腰の刀は時代劇に出てくる武士のそれである。
周囲の失笑にも気付かず、男は近くにいた女に無我夢中で声を掛けた。
「ここは日本か?おぬしは誰じゃ?拙者、佐吉という者でござる。何が何だか見当も付かぬ。先程からそこらを 巨大な虫が這いずり回っておる!あな恐ろし!」
ずらりと並ぶ車を指さしながら侍は震える。
「さ、侍!?どうしてこんなところに侍?!」女は晴子という。
「拙者にもわからぬ!天草で役人に捕まり、投獄させられたところまで覚えている。もしやこれは死ぬ前の夢か...」
聞けばこの佐吉という侍、江戸時代の嘉永に生きていたはずの人間らしい。
令和から百五十年以上昔の時代である。
「投獄...、佐吉さんは、いったい何の罪を犯したの?」晴子は尋ねる。
「でうすさまの、御誕生日のお祝いでござる。島原での騒動のち、御役人の切支丹への仕打ちはむごいものじゃ。 拙者も捕まってしまった」
佐吉はキリシタンだったのだ。江戸時代に幕府の命令で大勢のキリシタンが虐殺された史実を晴子は知っている。佐吉はその時代からタイムスリップしてきたのだ。
「晴子殿、皆がいう「くりすます」とは何のことじゃ?」佐吉が聞く。
「クリスマスはでうすさまの生誕祭よ。この時代の日本では、お咎めを受けることなく皆自由にお祝いが出来るのよ」
「でうすさまの御誕生日を、みな自由に?拙者には考えられぬ」
「クリスマスには、皆でプレゼントを交換するの。贈り物よ。佐吉さんにもあげる」
晴子は佐吉の左腕に自分のブレスレットを付けてやった。その瞬間、渋谷の街は歓声に包まれた。午前零時を回ったのである。
「メリークリスマス!」口々にその言葉が飛び交う。人々は皆幸せそうに微笑んでいる。 佐吉と晴子も顔を見合わせて微笑む。
「日本は、良い国になるのだな」 佐吉の口からこぼれた言葉にふと晴子が視線を戻すと、その姿は消えていた。
元の時代に戻ったら、佐吉はどうなるのだろう。殺されてしまうのだろうか。
タイムスリップは神様から彼への 最期の贈り物だったのかもしれない。
華やかで騒がしい、けれども切ない聖なる夜を、晴子は一人歩きだした。