ショートショートバトルVol.4〜「シーソーラヴ」東軍(我孫子武丸、延野正行、尼野ゆたか)
(お題:肉)(ムード:ドキドキ)
第1章(我孫子武丸)
陽菜(はるな)がブランコを揺らすとキイキイと驚くほど耳障りな音が静かな公園に響いた。長らくここで遊ぶ子供はいないのかもしれない。
彼は午後5時ごろ、毎日ここを通って自宅に帰る。それが分かっていたので陽菜は早めにこの公園へ来ていわば待ち伏せをしていたわけなのだが、ひとけの少ない住宅街の公園というのは、いい大人には意外と居心地が悪いものだと彼女は思ったーー高校二年生が大人かどうかは微妙なところだろうけど。
そして寒い。
マフラーをぐるぐる巻きにし、毛糸の手袋もしているけれど、二月の公園でじっとしているのは十分でも拷問だ。最初は屋根付きの東屋のベンチに座っていたのだが、我慢できずにうろつき回り、少しは体を動かしたほうがいいだろうかとブランコに腰掛けてみたのだった。
カバンにしまったスマホを、何度も取り出しては時間を確認する。まだ4:55。56分になった。もう来てもいいはずなのだが、遅い場合は五時半近くなることもある。最悪後まだ30分こうしていなければならないということだ。
急にすべてがバカバカしくなってきた。こんな場所で、こんなやり方で彼を待っていること。もっと他にやりようがあったはずだし、そもそも何の意味もないのではないか。人目を避けてこんな方法を取ったつもりが、周りの家から見られているのではないか、変な女が公園にいますと通報されているのではないか、そんな心配までしてしまう。
彼と出くわしてしまわないうちに、帰ろうかとさえ思ったが、カバンの中に入れたもののことを思い出し、自分で反論した。
ダメよ。何のためにここまでしたの? これを渡さなきゃ帰れない。
ブランコを離れ、再び東屋にたどり着いて、立ったまま小刻みに足踏みをしながら公園を見渡した。
シーソーに砂場。
そういえば、この公園で子供が行方不明になったという話を聞いたのだった。
第2章(延野正行)
なぜ、陽菜がここにいるのだろうか。
僕は道端で立ち止まったまま、そっと覗き見た。
そこには公園があって、同級生の陽菜がブランコに座っている。
その姿はいかにも寂しそうであったが、今はそんなことはどうでもいい。
なぜ、
陽菜が、
今、
この時間に、
いるのか?
ということが問題なのだ。
そしてじっと砂場の方を見つめている。
かさり、とスーパーのビニール袋が擦れる音がした。
袋の中には、肉が入っている。
真っ赤な肉だ。
どうする?
今、このまま出て行けば、陽菜はきっと僕に気づくだろう。
いや、そもそもなぜ、陽菜は公園にいるのだろうか。
彼女の家は、公園とは反対側だ。
「邪魔だなぁ」
思わず口についていた。
陽菜はふと顔を上げる。ばれた? いや、違う。すぐに頭を下げた。
そして、また砂場の方を見ている。
それどころではない。
ブランコから立ち上がり、砂場に近づいていった。
そして砂場を横切っていく。
なぜか、彼女はブランコからシーソーに場所を移動しただけだった。
僕はゆっくりと息を吐く。
陽菜はシーソーを動かし始めた。
一人でである。
不気味な音が公園に鳴り響き始めた。
時間は5時を回っている。すでに夜空が広がり、公園に唯一ある街灯が、時折点滅を繰り返しながら、辺りを照らしていた。
陽菜は虚ろな顔をしている。
時々、頭を押さえたり、髪を掻いたりしていた。
邪魔だ。
陽菜をどうにかして、追っ払わなければ。
いっそ110番でもするか。公園に変な人がいるといえば、赤いランプがすっ飛んでくるだろう。
スマホを手にした時、突然着信音が鳴った。
シンプルトーンの音が鳴り響く。
「やばっ」
反射的に隠した時は遅かった。
陽菜がこちらを見ていた。
「古橋くん。。。?」
仕方がない。
「よう、陽菜」
俺は公園に入っていく。
砂場を迂回し、そしてシーソーの片側に座った。
目の前には陽菜がいる。
「どうして、こんなところにいるんだ?」
「えっと、それは。。。」
陽菜は目をそらす。
その視線の先にあったのは、例の砂場だった。
やはり。。。
「あのね」
先に口を開いたのは、陽菜だった。
「私がここにいるのはね」
思いつめた目を、僕に向ける。
一方、僕はビニール袋の中に手を入れた。
第3章(尼野ゆたか)
古橋くんは。優しい笑みをたたえていた。落ち着いていて、大人で、クラスにいる他の猿みたいな連中とはぜんぜん違う。彼なら、きっとわたしのことをわかってくれる。
うるさいものは嫌いだ。子供などはその最たるものだ。最近公園から子供を追い出し、球技を禁止したりする風潮があるという。素晴らしい。もっと広まればいい。
残念ながらこの公園にはまだ普及していなくて、うるさい子供がいた。公衆トイレの壁にばんばんばんばんばんばんばんばんボールをぶつけてきて、ついにはボールを私の顔にぶつけてきたのだ。
頭にきたので、陽菜は百倍にして返した。文字通り百倍である。27回目あたりからはまったく動かなくなったが、陽菜が百倍といったら百倍なのだ。
わたしは動かなくなったその子供を置いて家に帰った。ボールを100回投げて、汗をかいてしまったからだ。古橋くんに、汗臭い女と思われたくなった。
子供のことは後から気になったが、聞いた話では行方不明になったということだった。どういうことだろう。姿を見られていたのかとも思って、あの女がいたと近くの子供に通報されないか心配してもいたが、その様子もない。不思議だ。
まあいいか。今は古橋くんだ。彼以上に大事なことなんて、ない。
「古橋くん、わたし」
ドキドキする。言葉に詰まる。でも、勇気を出さなくちゃ。気持ちを伝えなくちゃ。
「あなたが好きです。これ、受け取ってください」
わたしは、贈り物を差し出した。それは、可愛くラッピングしたチョコレート。
古橋くんは、目を見開いた。そして、震える手を差し出してくれる。
「とても、嬉しいよ。僕も、君のことが好きだから」
手が、もっと震える。ぶるぶると、そうぶるぶると。
「ずっと見ていたよ。あの日もそうだった。うるさい子供に、罰を与えたときの姿さ」
ぶるぶると、凄まじく、異様なほど、痙攣するように。
「僕が、あのクソガキを始末してやろうと思った。でも君は、自分の手でやってのけた。あのフォーム、ボールの破壊力、100回完全にやりきるその根気。本当に素敵だった。
だから、僕は頑張ったよ。通報しようとする近隣住民どもを全員『黙らせ』たし、それに」
そして、彼は袋の肉に目を落とす。
「古橋くん」
彼は、何も言わなかった。でも、わかった。
彼が、
わたしのために、
してくれたこと。
「場所に困ったから、とりあえず公園にきたんだ。もし君に知られたら、変に思われるかもしれないと思って心配したんだけど、嫌われるかもしれないと思ったんだけど、大丈夫だったんだね」
「ありがとう」
涙が溢れる。心臓が高鳴る。
やっと出会えた。わたしみたいな人、他にいるなんて思わなかった。
興奮して、ドキドキする。ああ、ああ、とっても幸せ。
「僕たち、いや自分でいうのもなんだけど、最高の組み合わせだと思うんだ」
彼が、公園の遊具に目をやる。それはシーソーだ。
「どちらかが上がれば、どちらかが下がる。打ち合わせしなくてもいい。自然にそうなる。僕たちもそう。どちらかが何かすれば、どちらかがそれを受け止める。素敵な関係だろう?」
彼の言いたいことは、よくわかった。
胸がときめく。何が起こるか、とても楽しみだ。
これから始まる、彼とわたしのシーソーラヴ。
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11月16日(土)16:00から、京都 木屋町「パームトーン」で開催される「fm GIG ミステリ研究会第13回定例会〜ショートショートバトルVol.4」で執筆された作品です。
顧問:我孫子武丸
参加作家陣:川越宗一、稲羽白菟、最東対地、延野正行、尼野ゆたか、大友青、誉田龍一、円城寺正市、山本巧次 ほか
司会:冴沢鐘己、曽我未知子、井上哲也
上記の作家が、東軍・西軍に分かれてリレー形式で、同じタイトルの作品を即興で書き上げました。
また、それぞれの作家には当日観客からお題が与えられ、そのワードを組み込む必要があります。
さらに「ムード」の指定も与えられ、勝敗の基準となります。
当日の様子はこちらのアーカイブでご覧になれます。
タイトルになった「シーソーラヴ」はこんな曲です。
「シーソーラヴ」TIME FOR LOVE(詞・曲/冴沢鐘己)