ショートショートバトルVol.5〜「ハバナ・モヒート」北軍(円城寺正市、遠野九重)
(お題:靴ずれ)(ムード:ワクワク)
【第1章 円城寺正市】
夜は青。
凪いだ水面に月の道。
暑さにパーティを抜け出し、僕は、バルコニーから海を望む。
サルサの響くアカプルコの夜。
僕が日本から逃げ出して、もう何年が経っただろう。
現地で妻を娶(めと)り、一緒付き合えると思える友もできた。僕はこのままカリブの海を眺めながら年老いていくのだろう。
悪くない人生だとは思う。
「あなた、モヒートはどう? ハバナモヒート」
背後から妻がそう声をかけてくる。
「ありがとう、もらおうか」
僕より20近くも若い妻は、ラテン系の褐色の肌に、ダンスを済ませたばかりの汗を滲ませている。
彼女は僕の顔を覗き込むながら、グラスを手渡してきた。
「ねぇ、国に帰りたい? 昔のことを考えてる、そんな顔してたわよ」
「そうかい? 帰りたいとは思わないよ。けど……強いて言うなら、もう一回ぐらい相撲を見たいかな。できれば升席で」
「相撲? 相撲ってなに?」
「レスリングみたいなものだよ。ピストルみたいな髪型の裸の男たちがぶつかり合うんだ」
だが、そう言った途端彼女は不思議そうな顔をした。
「あんな感じ?」
「へ?」
彼女が指差した先には、白い砂浜。
そこにもぞもぞと何かが蠢いている。腹をこすりながら陸へあがってくるそのシルエットを眺めて、僕は苦笑する。
ウミガメの季節だ。
「亀には似てないな」
「違う違う! よく見て!」
そう言われて、僕は目を凝らして、じっとその群れを眺める。
大きな生き物が無数に海から陸に上がって、砂地に腹をこすりつけて線を描いている。
「やっぱり亀じゃ……って、ええええええっ!」
僕は、その正体に気づいて、目を見開いた。
それは亀ではなかった。
色白の肌にあんこ型の身体。色とりどりのまわしを身につけたそれはーー力士。
今、陸にあがってきたのは「栃乃若(とちのわか)」、くつずれしているのは「小城錦(おぎにしき)」。
「うふ、引退した力士は、海に帰ってカリブ海に卵を海に来るのよ」
「卵!?」
「そう、力士は、卵を産む時には涙を流すのよ。」
僕は驚愕に目を見開いて、もっとも近くの力士に目を向ける。
僕にはその力士に見覚えがあった。
「時津灘(ときつなだ)」
彼は、涙を流して卵を産み終わると、悲しげな一声を残して、静かに海へと帰っていった。
【第2章 遠野九重】
「なんなんですか! これ! 司馬遼太郎とか意味がわかりませんよ!」
作家、尼野ゆたかは激怒した。
かならずこの邪智暴虐の小説を除かねばならないと決意した。
京都のパームトーンにおけるショートショートバトル、せっかく自分はナイスでクールな球を投げたというのに、そのあとの話は予想外のものばかりだった。いちおう西軍は勝てたものの、正直なところあまり満足できていない。というかなぜ自分がMVPでないのか。MVPはドリンク二杯が無料になる。自分と彼女の二人で祝杯をあげるつもりだったのに、一杯しか無料で飲めないではないか。しかもそれを後輩ライトノベル作家の遠野九重に横取りされてしまった。あいつ絶対殺す。
尼野ゆたかは怒りくるう。
そこに、FM−GIG代表の冴沢鐘己 が話しかける。
「尼野先生、ちょっと冷静に考えてみよう。ここまでnoteにアップロードされた小説はすべて一つの物事を語っている。そして、すべて論理的に説明できるんだ」
「いや、それはムリでしょう」
尼野ゆたかは冷たい視線で否定する。
だが、冴沢鐘己 は冷静な表情で持論を展開し始めた。
「まず、西軍の小説に司馬遼太郎が出てきて、その正体が川越宗一だったという話だけれど、これはとてもシンプルな話なんだ。司馬はインド神話のシヴァに通じる。そしてシヴァの額からガンジス河は流れ出たと言われている。それから、「遼」という字を省略したのが「宗」なんだ。知っていたかい?」
「いえ、初耳です」
「だろうね。これは一般には知られていないことだから、google検索にも出てこないよ。それから、「太郎」とは言うまでもなく最初の子供、つまり「一」という意味だ。さて、このすべてをつなげてみよう」
「司馬遼太郎というのは、暗に、川越宗一を意味しているってことですか?」
尼野ゆたかの言葉に、冴沢鐘己 は頷いた。
「そう、その通りだ。西軍二番手の川越宗一は、最初から「司馬遼太郎=川越宗一」のトリックを仕込んでいたんだ。そして西軍三番手の木下昌輝はそれを受け取って、「司馬良太郎の正体は川越宗一」というオチを用意したんだ。とても美しく、論理的だろう?」
「ええ、まあ、確かに」
尼野ゆたかは戸惑いながら頷く。
正直なところ全面的に納得したわけではないが、冴沢鐘己 の言葉にはとてつもない説得力があった。
「でも、他にも納得できない場所があります。テーマであるパンデミックの扱いが雑すぎませんか?」
「初歩的なことだ、友よ」
まるでホームズのような素振りで冴沢鐘己 が語る。
「ヒントは東軍の小説にある。東軍の小説には七つの種族が出てくるが、それは今回のショートショートバトルの選手をモデルにしているんだ。赤の一族は暖かい場所を好む。ところで円城寺正市先生の苗字を見てくれ。なにか思い浮かばないか?」
「円城寺、ええと、炎上ですか?」
尼野ゆたかの言葉に、冴沢鐘己 は頷いた。
「その通りだよ尼野くん。炎上、すなわち赤色。赤の一族は円城寺先生を指しているんだ。橙の一族は目立ちたがり屋、最近、『屍人荘の殺人』で露出が増えている今村先生だ。ちなみに映画は見に行ったかい?」
「はい、もちろんです」
「ならばよし。できればDVDもブルーレイも買い揃えるんだ。それから黄の一族だが、カレーが好きらしい。黄色でカレーが好きと言えば太っているイメージだ。よって延野先生ということになる。そして緑の一族だが、君は花粉症とは無縁のようだね」
「そういえばさっき遠野先生からそんなことを訊かれました」
「つまり緑の一族は君ということだ。青の一族は目が三角という描写がある。三角の目の人間はいない。これはメガネの暗喩と考えるべきだろう。ショートショートバトルの参加者でメガネをかけているのは複数いるが、藍の一族は青の一族を憎んでいる。つまり、青の一族に当たる作家と、藍の一族にあたる作家は、ショートショートバトルの対戦相手でもあるということだ。この条件から考えると、青の一族は川越先生、そして藍の一族はその対戦者であるもやし先生になる」
「なんだか複雑ですね」
「まあ、ここは推理の過程なので聞き流してくれ。紫の一族だが、藍色の青色の一族の争いを眺めている。ショートショートバトルを眺めている立場で、麦酒が好きなのは誰だ?」
「ええと、曽我さんですか?」
「いいや、実はこの麦酒というのはハイボールのことだ。よって我孫子先生ということになる。さて、七つの種族にあてはまる作家の中で、一人だけ例外がいる、わかるかね?」
「円城寺先生だけ、二回戦の人ですよね」
「その通りだよ、尼野先生。本来なら赤の種族は、一回戦の参加者である木下先生のはずだ。にもかかわらず円城寺先生と置き換わっている。そう、入れ代わりトリックだ。これが何を意味するかわかるかね?」
「さっぱりわかりません」
というか、もはやここまでの議論が意味不明だ。
正直なところ、結論だけ教えて欲しい。
「西軍の小説において、司馬遼太郎と川越宗一が入れ替わっていた。だが、実は木下昌輝こそが入れ替わっていたのだ」
「どういうことですか?」
「つまり、西軍の小説に出てきた木下昌輝こそが司馬遼太郎だったのだよ」
「えっ」
「あたらめて西軍の小説を見てみよう。司馬遼太郎はパンデミック、パンデミックと叫んでいる。これは将来のパンデミックを伝えようとしているんだ。ここから先の情報は二回戦の小説を見たほうがいい。二回戦のテーマはなんだい?」
「ハバナモヒートですね」
「ご存じの通り、モヒートの発祥はハバナだ。そのなかでwikipediaに描かれている店にメディオというものがある。これはメテオに通じる、つまり隕石だ。将来、隕石によって宇宙由来のウイルスが地球に蔓延する。その症状は「感染の典型7症状」と言われている。ちなみにこれは1回戦のテーマである虹に通じるね。発熱、咳、痰、鼻水、鼻づまり、関節痛、くしゃみだ。それから、東軍の小説の最後に「カレーの匂いがする」とある。つまり感染者はカレーの匂いがするんだ。これは二回戦の東軍のテーマから明らかだね、残り香と書いてある」
「なんだか無茶苦茶な推理ですね」
「無茶苦茶なものこそかえって真実に近いんだよ」
自信満々に冴沢鐘己 が言う。
「それから、第二回戦の西側のテーマだけど「くつづれ」と書いてあるね。違和感はないかな?」
「本当なら「くつずれ」ですよね。すに点々の」
「これも意味があるんだ。「つづれ」とは二つ以上のものの組み合わせを意味する。「く」のつづれとは何か、それはDNAの二重らせんだ。宇宙由来のウイルスはDNAウイルスであり、つまり、ヘルペスウイルスの治療薬が聞く」
「なるほど」
「それから、わくわくというテーマはわくわく梅小路フェスに通じる、つまり、そこで治療薬の配布を行う予定なんだ」
「ええっ!」
「時間がないからセリフが適当だね。ともあれ、梅小路フェスでPALMTONE のブースに来れば健康になれるってことさ、よろしくね!」
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2月15日(土)京都 木屋町「パームトーン」で開催された「fm GIG ミステリ研究会第16回定例会〜ショートショートバトルVol.5」で執筆された作品です。
顧問:我孫子武丸
参加作家陣:川越宗一、今村昌弘、木下昌輝、尼野ゆたか、稲羽白菟、延野正行、最東対地、遠野九重、円城寺正市、もやし炒め
司会:冴沢鐘己、曽我未知子、井上哲也
上記の作家が、東軍・西軍に分かれてリレー形式で、同じタイトルの作品を即興で書き上げました。
また、それぞれの作家には当日観客からお題が与えられ、そのワードを組み込む必要があります。
さらに「ムード」の指定も与えられ、勝敗の基準となります。
当日の様子はこちらのアーカイブでご覧になれます。
タイトルになった「ハバナ・モヒート」はこんな曲です。