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漫画業界は「返報性の原理(法則)」が通用しない。ならばどうするか。

ビジネスやマーケティング、他にも恋愛テクニックの世界などでよく言われる超有名な心理作用「返報性の原理(法則)」というものがあります。
※読み方:へんぽうせいのげんり(ほうそく)

知らないかたのために解説しますと、
・相手から何か施しを受けると、お返しをしたくなる
・相手から好意をもらうと、こちらも好意を返したくなる

という心理作用ですね。

ビジネスの世界でよく使われるのは、
「無料サービスやプレゼントを行い、返報性の原理によって購入したくなるように誘う」
というやつです。化粧品系は多いですよね。無料で試供品を配って、そのうちの何人かが購入に至る、という。

漫画業界でも同じことが行われています。
無料立ち読みをさせておいて、ここから先は有料です、とか。
見せ場のシーンを無料で見せておいて、気になる本編は購入して読んでね、とか。

私も実際「期間限定・1巻分まるまる無料!」という企画でゴールデンカムイを読んで見事ハマり、そこから最終巻までコミックスを買い続けたことがありますし、Twitter(その頃はTwitterだった)で1話まるまる無料だったチェンソーマンを読んでコミックス購入に至ったことがあります。

ゴールデンカムイについては謎にこの記事が人気なので、よかったら読んでください。↓

話がそれました。

そんなわけで、私自身「無料立ち読みから購入に至ったことがある」にも関わらず、漫画業界は返報性の原理がだんだん通用しなくなっているような気がしているのです。

◆無料で読めるハイクオリティ漫画多すぎ問題

私は漫画を描くのも読むのも好きなのでちょっと気になったらどんなジャンルのものでも無闇に漫画を読むんですけど、無料で読めるハイクオリティ漫画多すぎませんか?

出版社さんや商業作家さんが自作の宣伝のために「1話だけ全ページ無料で読めます!」って言ってSNSに上げるのはまだわかるんですけど、商業作家ではない、いわゆる“野生のプロ”の人達があちこちでハイスペ漫画を垂れ流しにしているのでマジで困ります。

で、私と同世代くらい、つまり30代後半以降の訓練されたオタク達はまだ「漫画は金出して読むもの」という意識があるんですけど、生まれた時から「ネットで無料でハイクオリティの漫画が当たり前に読める世界」にいる世代は、その意識が育まれにくいんじゃないかと思うんですよね。

もちろんご家庭の家族構成とか、「作家さんにはお金と敬意を払うものだ」という意識が高いご家族が身近にいるとかで、10代や20代でも「漫画にお金を出すのは当たり前!」という意識を持っている人はいらっしゃると思いますが。
(私の友人家族も、母親が漫画の単行本をたくさん買うので、娘も単行本をお小遣いで買っている、というケースがあります)

◆「無料で当たり前」になると返報性の原理は働かない

冒頭で解説した返報性の原理ですが、この原理、「本来無料でもらえるものではないという社会通説があるもの」にしか働かないと私は考えているんです。

化粧品やシャンプーが「無料試供品を渡して購入に至る」ルートを崩さないのは、化粧品もシャンプーも本来無料でもらえるものではないからです。

たとえば私がやっているカウンセリング業でも、私は以前「無料で教わるような話じゃない経験談や心理学の知識」をブログで垂れ流しにしていました。
だからこそ返報性の原理が働き、料金がかかる正規のカウンセリングに申し込んでくださるかたが沢山いらっしゃったと思うんですね。

しかし漫画は、面白い作品が当たり前に無料で読める時代になりつつある気がします。というかもうなっているかもしれません。

「無料で手に入れるのが当たり前」のものに、返報性の原理は働きません。
つまり、売り出し中の作家が無料で何十ページもの漫画を配信しようと、購入まで至るケースはどんどん少なくなっていくんじゃないか、と思うのです。

先述した通り、今はまだ「漫画はお金を払って読むもの」という意識がある世代がいるので、その人達には返報性の原理が効くでしょう。

しかしその世代が、どんどん高齢になったら?
あるいはそうなる前に、その世代の頭の中も、どんどん「漫画は無料で読めて当たり前」の意識が浸透していったら?

◆「面白いからお金を払う」時代は終焉を迎えつつあるのでは

昔とある編集部に持ち込みをした時、「お金を払ってでも読みたいと思わせる漫画」の話をされたことがあります。
それが描ける人が商業作家になれるのだと。

確かに私は先述した「ゴールデンカムイ」「チェンソーマン」は、面白いと思ったから、お金を払ってでも続きを読みたいと思ったから購入しました。

しかしそれは私の話で、現代はどんどん「面白さ」よりも「自分のためになる情報があるか」を重視しているような気がするのです。

私の漫画やこのnoteでも、その傾向は出ているなと感じます。

自分で言うのも何ですが、私の創作漫画は別に面白くないわけじゃないんですよ。「面白い」と言われるし、「続きが早く読みたい」と言われる。
しかし、それでお金を出す人はすごく少数です。

一方、心理学解説漫画や、私が患っていた精神疾患の体験記・対策記事などはお金を支払う人がどんどん増えています。
それは「読者の求めている有用な情報」がそこにあるからです。
あるいは「共感」も含まれているかもしれません。

SNSもまさにそうで、単純な面白さよりも「有用な情報があるか、共感できるか」が重視されていると感じます。

情報と共感にお金を払われる時代、「面白いからお金を払う」人はどんどん減っていくのではないでしょうか。
ていうかもう前より減っている気がします。

◆では、漫画を描く人間はどうするか

私のカウンセリングには、しばしば
「自分には創作以外の能力がないし、心(または体)も弱いので、何とか好きな作品だけを描いて(創って)生活できるようになりたい」
という相談が寄せられます。

もちろん「好きな作品だけを描いて(創って)生活できる人」はいるでしょう。ただしそれは、その人の趣味嗜好と時代の流行がたまたま合致している人だけではないか、と私は考えます。

そういうのを多くの人は「才能がある」とか言いますが、私はそれは才能とは違うような気がしています。
趣味嗜好と時代の流行がたまたま合致した人。

強運の持ち主であると思いますし、運も才能の一種であると言えば確かに才能ですが、多くの人が考えている一般的な定義の“才能”とは違うんじゃないでしょうか。

売れている人の多くは、「自分の好き」と「売れるもの」の均衡をうまく保とうとして悩んだり苦しんでいる人ばかりじゃないか、という気がします。
その末に生まれる美しさ、というものもありますけどね。

当カウンセリングにも既に商業の世界で華々しくデビューした人がいらっしゃいますが、その内情はとても「華々しい」とは呼べません。

好きなものが表現できない、好きなものを表現したが売れない、好きなものを表現しようとすると次回作のGOが出ない、売れていた時の作風を続けるのがもう無理になった、エトセトラエトセトラ。

「これしかない」と思って突き進んだ人が、唯一誇れる「これ」でお金を稼げない時の心痛はものすごく分かります。

前置きが長くなりましたが、私が考える「返報性の原理が通用しなくなりつつある世界で、漫画を描く人間はどうするか」は以下の通りです。

・作品は描き続ける。

これはもう大前提です。悩みすぎて作品が描けなくなったら終わりなので、描き続けるのはやめないこと。描けないくらいの精神状態になったら、もうメンタルクリニックとかカウンセラーとか専門家を頼ったほうがいいです。

・メシの種用の作品と、自分のための作品を分けて描く。

あなたが好きなだけの作品や描きたいだけの作品は基本売れない、と思ったほうがいいです。
「なぜか同業者にだけ売れるバンドがいる」ように、もちろん一部の人はあなたが好きなだけの作品・描きたいだけの作品を好きになるでしょう。
ただそれで生活したいとか売れたいとかは、ほぼ無理です。

前述した通り、自分の趣味嗜好と時代の流行がたまたま合致した人はそれで売れます。しかしあなたはそうでないからこんな記事を泣く泣く読む羽目になっているので、そこは肯定的にあきらめましょう。

決してあなたに才能がないわけではなく、あなたの趣味嗜好が時代の流行と合致していないだけなのです。たまに初出の10年後とか20年後とか30年後に爆売れする作品もありますので、それを期待して「好き」を描き続けるのもいいでしょう。

しかし今お金が欲しい、漫画一本で生活したい、バカ売れしたいというのなら、「メシの種になる作品」と分けて描いたほうがいいです。

メシの種になりやすい作品は、先述した「有用な情報がある」「共感が得やすい」などの作品ですね。

・自分の経験を作品にする、あるいは配信(発信)する。

これはまさに私がやっていることですが、あなたの人生経験は他の誰にも同じものを経験できない、価値あるものです。
なのでその時点で「有用な情報」だったりするんですね。

いろんなジャンルの漫画が流行りそして廃れまた流行ったりを繰り返していますが、基本エッセイ漫画はいつの時代もずーーーーっと安定的に存在しています。誰かが共感できるエッセイ作品を書くのもいいでしょう。

「メシの種になるエッセイ漫画と自分の好きな創作漫画、両方描くのは無理……」というかたは、どちらかを漫画以外の媒体にするといいと思います。
メシの種になる体験談は音声や文章で配信して、好きな創作は漫画で思いっきり描くとか。

あるいは、両方漫画だけども、片方を時間のかからない簡単な画風にするなどしても良いでしょう。

私は自身を「漫画家カウンセラー」と名乗っていますが、そのように別々の職業を重ね合わせるのもアリです。

私のエッセイ漫画をキッカケにしてカウンセリングを依頼してくださったかたもいますし、カウンセリングをキッカケにして私にイラストの仕事を依頼してくださったかたもいます。
お互いの職業が相互作用する場合もあるので。

・読者は無料だけど自分にはお金が入る仕組みを利用する。

これはわたくし今の所「Amazon Kindle」しか思い浮かばないのですが、読者は無料で読めるのに、作者にはお金が入ってくるという仕組みは色々あるはずです。これから先出てくるかもしれません。

返報性の原理が通用せず、読者は無料でしか漫画を読まない時代になるのなら、読者は無料だけども代わりに企業がお金を払ってくれる仕組みを頼ればいいんですよね。

私もKindle Unlimited会員は無料で読める漫画をたくさん出しております。
よろしければ下記からどうぞ。
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ちなみにAmazon KindleはUnlimited会員じゃなくても全員が無料で読める(でもお金は入ってくる)インディーズ漫画というシステムもあります。

入ってくるお金の額はすごく下がりますが、そちらを利用するのもいいでしょう。(私も近々、SNSにアップした漫画をまとめたインディーズ無料本を出す予定です)

・ちゃんと現状を言葉にして言う。

こんな話をすると「自分は巴さんほど器用じゃないんで……」とおっしゃるかたもいますので、そういうかたはもうちゃんと現状を言葉にして発することがおすすめです。
ていうかこれが基本ですね。

あなたが脳内や心の中でグチャグチャに悩んでいても、どんな困った事態に陥っていても、表に発さなければ誰も気づきません。

これは今まさに私が反省しているところで、つい昨日pixivFANBOXにて「支援が足りないので漫画の連載再開を考えあぐねている、助けて欲しい」という記事を書いたところです。
 ↓

私は収入を得る仕事をすることはできるのですが、漫画を描くのにものすごい作業時間がかかるので、生活費のために執筆作業ばかりしていると「月2回漫画を更新する」という目標が圧倒的に達成できません。

しかし、月2回の更新はやりたい。先を楽しみにしている読者さんも、月2回物語が更新されれば嬉しいはずです。

ということでpixivFANBOXで支援をお願いしています。
でもただ「支援してくれ!」だけじゃダメだと思うので、「どういうコンテンツが欲しいですか?」というアンケートを昨日から取り始めました。

今は支援者よりもまずフォロワーさんが増えて欲しいので、このコンテンツは無料コンテンツも含みます。
無料漫画を垂れ流しても返報性の原理が働かなくなりつつある今日だと書きましたが、それでも無料コンテンツと有料コンテンツはバランスよくあったほうがいいのです。

ちなみにこの漫画はnoteでも更新していますので、noteのほうでサポートいただいても最高です。よろしくお願いします。
 ↓

これは私もまだまだ実験的な段階ですが、「今どういう状態で、何がしたいのか、何をして欲しいのか」をハッキリ言うことで悪いことは起きません。

クリエイターさんはプライドが高い人が多いので(私もそうでした)、「自分が困っていることを素直に言ったら見下されたりバカにされたりするのでは……尊敬されなくなるのでは……」と思ったりしますが(私もそうでした)、実際はそこまで心配するようなことは起きません。

というか作家が困っているときに見下したりバカにしたりしてくる人はもう読者やファンじゃなくていいです。そう思いませんか?

◆あなたは決して、才能がないわけではない

作品が売れなかったりプロになれなかったりすると、人はすぐ才能を言い訳にし始めます。「才能がなかったからなれなかったのだ」と。

確かに先述した、「自分の趣味嗜好と時代の流行が合致する強運」はお持ちじゃないかもしれません。私にもそれはありません。

ただ私は、いろんな人に自分の才能を沢山見つけてもらいました。

漫画を描くことをやめない、描き続けることができる才能。
好きでい続けることができる才能。
分かりやすい絵を描けること、可愛い絵が描けること、人物の感情表現がうまいこと、素材使ってるんじゃないかと思わせるほど手書きの背景がうまいこと(笑)、意外とエロ表現がうまいこと(笑)、などなど。

若いころ私は、「漫画家の才能がないからもうあきらめよう」と思って描くことを一旦やめました。
しかし今こうして漫画を描きつつこんな文章をあなたに読ませるために書いているということは、才能がなかったわけではないのです。

漫画家としての仕事とは少し違うかもしれないけれど、ちゃんと商業出版書籍の中で「漫画」は描きましたしね。

※こちらの記事で紹介している本は、文章もイラストも時々入ってくる4コマ漫画も全部私が描いたものです。↓

私になかったのは、才能じゃありません。
「自分の持っている能力を認めて受け入れる力」です。

自分が持っていないほうの才能、「自分の趣味嗜好と時代の流行が合致する強運」がないことばかりを嘆いていました。
あの挫折も必要だったとは思いますが、まったく無駄な時間を過ごしたものだ、とも思います。

この記事が漫画家として、あるいは他のクリエイターとして活躍したいのに落ち込んでいるあなたの何某かの良い影響になれれば幸いです。

では本日はこの辺で、ごきげんよう、さようなら。

★再度言いますがFANBOXアンケートよろしくお願いします!

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★商業出版についての記事をFANBOXに書きました!(2023.12.13追記)

私の出版は「漫画家やイラストレーターや小説家としての出版とはちょっと違うしな〜」と思って、今まで商業出版の経験談はあまり公に出していませんでした。

が、私が経営するカウンセリングにちょこちょこ単行本を出版しているプロの商業作家さんがいらっしゃって、そのご相談を受けていたら「私みたいなイレギュラー商業出版者の体験談でも役に立つんだな」と感じたので、記事にしてみることにしました。

これから商業出版を夢見ているクリエイターさん達にもなにがしかのお役に立つかもしれません。ていうか、夢がガラガラ崩れたらすみません(笑)。
 ↓

◎わたくしのウェブサイト

漫画家(イラストレーター)と心理カウンセラーを兼業しております。

オンラインカウンセリングのお申し込み・イラストや漫画のご依頼等は以下のサイトからどうぞ。
・境界性パーソナリティ障害向け
・クリエイター向けカウンセリング

も行っております。
詳細はこちら↓

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伊藤巴(ともえ)@漫画家×カウンセラー
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