植物少女/読書感想文
「植物少女」朝比奈秋/朝日新聞出版
すごい本だったな。
最初の感想はこの一言に尽きる。
「本の概要」としてAmazon上にも書かれているので内容に少し触れると、主人公(美桜)の母は彼女が生まれたときから植物状態で寝たきりであり、その美桜の成長と母との生活が描かれている。
さて、感想を述べる前に一つだけ。
この本では特に説明が述べられていないが「植物状態」は「脳死」とは全くの別物である。
ここで出てくる美桜の母親は植物状態であり、脳死ではない。
植物状態と脳死がごっちゃになっている人は一定数いると思うので、イマイチよく違いがわからないなという人は、確認してから読んで欲しい。
この物語はとても淡々と話が進んでいく。
大きな事件は起きないし、びっくりするような展開もない。
(最も、美桜の祖母と父にとっては美桜の母 ー娘であり妻ー が植物状態に陥ったことこそが大きな事件だったろう)
あるのは美桜と母の毎日であり、その積み重ねの中で美桜という一人の人が成長していく姿だけだ。
だから良い。
疾患や障害のある人やその家族の生活というのは、他者が思うほどドラマティックではない。生活の延長線上に疾患や障害があって、それと共に生きざるを得ないというだけの話だ。
重症と呼ばれる人たちがいる病室というのは、ある種独特だと私は思っている。
そういう病室はなにかしらの静けさがあって、死が患者たちの周りに潜んでいるような気がするのだ。
そしてときにはその病室に私もいる。
それが良いとか悪いとかではなく、そういう匂いというか、感覚が私にはある。
対して、美桜の母がいる病室。
美桜の母と同じように植物状態の人ばかりの病室。
とても静かで、そこには死がまとわりついている…のかと思いきや、そこにあるのは静かな生きる力だ。
生きたいという強い意志があるから生きるわけではなくて、命があって、体が反応して、だから生きている。
生きる力が滲み出ている病室なのだなと、漠然と思った。
美桜はときに残酷に見える行動を起こすときがある。
それは彼女が成長するにおいて必要なことだったのだろうし、母親との重要なコミュニケーションだったのかもしれない。
そして私がとても興味深かったのは、初めの頃、美桜の見ている母と祖母や父が見ている母の見え方が全く違う(ように見受けられる)ことだ。
美桜にとって母は生まれたときから植物状態で、そこがスタート地点だ。
いわば目の前の母が「普通」である。
が、祖母や父の中には「それ以前の母」がいて、現在の母との違いに気持ちが追いついていない。なかなか受容ができないのだ。
これはあくまでも物語だし、美桜は患者本人ではなく家族の立場だ。
けれどこうした物事の見え方の差は、先天的に疾患(障害)がある人と後天的に疾患(障害)を持った人の、疾患(障害)の受容の仕方が違うことにも共通するのだなと感じた。
美桜と母との関係はおそらく一般的なものではないだろう。
では美桜が不幸かといえばそんなことはない。彼女の人生が幸か不幸かを決めるのは周りじゃないし。
それに、他の人が経験しないことを経験していることは彼女の糧であるかもしれない。
一方で、母親との当たり前とも思える経験がないことで、彼女がこれから生きていく上で苦労することも多いのではないだろうかと想像している。
どうか彼女の人生が彼女にとって良いものでありますように。
彼女は物語の中の人なのに強くそう願ってしまう、そんな面白い一冊だった。