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【星涯哀歌10】我が体内の友人ども【SF詩/過去詩改訂】
耳の後ろに接続したチューブから
調整済みの化学物質が流れ込む
注入が終わると自動的にチューブが外れる
痛みはないが不快で
私の機嫌は最悪だ
しかしレセプターはまだ目詰まりしていないし
私が三日寝込んでも
世界は奇跡的にも安泰なままだ
私の体内に棲息する薬物耐性ウイルスたちよ
こんばんはとはじめましてとさよならを
投げかけてやるから受け止めろ
これ以上私の熱が上がると
私もダメージを受けるが
おめーらだってダメージを受けるぞ
悪態つきながら咳き込むと
余力を残していた腹筋が痛む
腹筋が痛むと
体内にあるものをみんな排泄したくなる
だだだだだだとトイレに走る
つもりで走れていない
なんとか便器に座る
だだだだだだと
ほとんどなんの抵抗もなく
さっきまで私の一部だった汚水が
トイレに流れ込んでゆく
科学が医学が発達したって
ヒトはこの通りインフルエンザになるのだし
インフルエンザはあいかわらず年寄りには致命的なのだ
後頭部に接続した無線コネクタが
今日のニュースをだらしなく伝えてくる
情報の伝達がどんなに便利になったって
インフルエンザ以上につまらん理由でヒトはヒトを殺し
それはニュースになるらしい
もっと退屈でないニュースはないのかよ
たかがインフルエンザで寝込んで三日
私はヒトの姿を見ていない
そろそろ死んでもいいと思う
もう百三歳だし
いや百六歳だっけか
まあ細かいことはいい
三日じゃなくて
三年あまり
ヒトの姿を見ていない気もする
それもまあどうでもいい
私の体内に蠢く何億かの生物たちよ
地球生まれの我が同胞よ
おめーらは確かに私の内部にいる他者で
そして私の友人はおめーらだけなのかもしれない
※※※
なんか「星涯」でも「哀歌」でもなくなってきた気がしますが、今回の詩はアルフレッド・ベスターのSF短編「イヴのいないアダム」から連想した作品です。どのへんが「イヴのいないアダム」なのか書くとネタバレになるので詳しくは書きません。
SF詩というよりは、近未来の普通の詩みたいな感じかなと思います。数十年後の私はこの詩のようなことになってるでしょうか、そこまで長生きしたらすごいな私。