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【星涯哀歌8】Strangers in this world【蔵出しSF詩】

目覚めたらまず
母さんに教わった通りに
頭の中のチューナーを調節してから
目を開ける
でもいつもうまくゆくとは限らない

顔を洗おうと鏡を見れば
鏡の表面にピンク色の泡がいくつも膨らんで
鏡像は煮え立つ熱湯のように揺れて
あわててもういちど顔を洗うと
鏡はぐにゃりとひしゃげ覆い被さって
五体の五官が消え失せて

それからいきなり満員の電車のなか
肩に腰に確かに人間の実感
次の停車駅を知らせるアナウンス
がさがさと新聞を広げる音
でも視界は揺れ続けて
ガラスに目をやると
ガラスにうつる鏡像がぐにゃりとひしゃげて
満員電車の乗客たちをのみこんで

それから今度は突然の静謐
スクランブル交差点の雑踏のなか
急ぎ行き過ぎる人々は無口で
足音も車のエンジン音も聞こえなくて
視界はやはり揺れ続けていて
車酔いしたみたいに頭の芯が重くて

それでもなんとか顔をあげると
ひとつの背中に一瞬ピントが合う
混沌に溶ける雑踏のただなか
ひとつだけ揺れていない背中
はじめて見かける背中
誰のものかわからない背中
でもそれだけが確固たるものに見える

あなたはだれ?
だれなの!

叫んでも自分の声が聞こえなくて
交差点のまんなかにへたりこんで空を仰いで
うっかりカーブミラーを凝視してしまって
鏡像は嘲笑うようにひずんで
トランプをシャッフルするみたいに
世界はシャッフルされて

揺れ動く道を歩いて
揺れ動く家に帰り着けば
揺れ動く居間で
揺れ動く母さんが
あんたまたチャンネルあわせられなかったのねえとなげく

母さんそうだよ
私は今日もやりそこねたよ
でも今日はいつもと違ったよ
揺れていないひとをみつけたんだよ
だから決めたの
明日の朝からもうチャンネルを合わせない
でないともう二度とあのひとを見分けられない

揺れる母さんの顔がぐちゃぐちゃに歪む
風船から空気の抜けるような音が響く
母さんの顔だけ揺れがとまる
一瞬ののち
ただいまあと間の抜けた声がする
揺らぐ父さんが揺らぐのれんをくぐって入ってくる
風船から空気の抜けるような音が響く

母さんはまたさっきのように揺れはじめる


※※※


元ネタは…具体的にはないんですが、1980年代のSF少女マンガ、特に佐々木淳子や星野架名あたりかなーという感じがしております。電車内で新聞の音がするあたりがまず前世紀っぽいです。

みんなから宇宙的なあるいは次元的な意味でズレている感じの少女。母親はそのズレの存在を知ってるけど、みんなに合わせる努力をしなさいという。まあたぶん母親自体が少女時代に「チャンネルを合わせる」苦労をし続け 、結局理解者を得ないままオトナになったのでしょう。主人公の少女がごく幼いころは母親が「揺れない確固たるもの」として主人公を慈しんでいたはずです。そもそもチャンネルの合わせ方は母が少女に教えたものです。

そんな過去を持つ主人公の少女が発見した「揺れていない背中!」という感じなので間違いなく少女マンガです。少女マンガとして続けるなら「揺れていない背中」との出会いと少女の成長ののち母と和解する物語だと美しいなあと思います。脳内にお好きな少女マンガ家の絵を思い浮かべてお楽しみください。

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