エクスペリエンスを売る商売——モロッコの料理教室は、ただのクッキングクラスではない
by パケトラライター 宮本薫(ドイツ・ベルリン在住)
先月マラケシュで、あるクッキングクラスを取材しました。Souk Cuisine(スーク・クイジーヌ)という、モロッコ在住歴の長いオランダ人オーナー主催の半日クラスです。
モロッコのクッキングクラス
モロッコでは、10年ほど前からクッキングクラスが大流行で、たくさんのホテル・リヤド(邸宅を改装した小さな宿泊施設)やレストランで開催されています。制服を着たシェフに教えてもらうところ、かなり設備にお金がかかっているところ、その内容は様々ですが、今回取材してきたスーク・クイジーヌは、地元密着型かつクッキングクラス専門型です。
Photo:明るい中庭で料理をするのは気持ちが良い
集合は朝10時。マラケシュの一番の中心、ジャマ・エル・フナのカフェ・フランス前に集まります。ここで簡単な自己紹介をした後、「トマト3キロ、オリーブオイル1リットル、ニンニク1球」などと書かれた買い物メモ、ショッピングバッグ、お財布が、それぞれに渡されます。
参加者は男女半々で、日本人の私たちのほか、フランス人、オランダ人、ドイツ人、アメリカ人の10人ほど。年齢層は20代から30代、ビーガン、ベジタリアンもいました。比較的豊かな旅行者が集まっている印象でした。半日のマーケットでの買い物〜クッキングクラス〜ランチが含まれていて、所要時間は4〜5時間。クラスの料金は650DH(約7,300円)です。
マーケットでの買い物体験で、命について考える
Photo:リサイクルの買い物袋を手にスーク(市場)に入ります。
午前中は、スパイスマーケット、鶏市場、野菜のマーケットなどを巡りながら、旧市街で暮らす一般のモロッコ人と同じように買い物をして、預かったお財布からお金を払います。
モロッコ人や、モロッコ在住外国人にとってはなんでもないお買い物ですが、クッキングクラスに参加している外国人観光客は、普段はスーパーで買い物をするという人がほとんど。モロッコの旧市街での買い物は、とてもディープな経験です。
Photo:地元の八百屋さん
特に、鶏屋での買い物は、ほとんどの参加者にとって午前中のハイライトになったようでした。最近のモロッコでは、スーパーに行けば、工場で処理された日本と同じようなパッケージの鶏肉を買うことができますが、旧市街では、今でも鶏専門店で生きている鶏を選び、目の前で処理してもらうのが一般的です。
バックグラウンドをお伝えするためにも、少し具体的にご説明しておきます。サイズを指定すると、ケージの中の活きの良さそうな鶏を出してくれるので、重さと値段を確認します。お店の人がナイフで頚動脈を切り、血抜きし、羽毛を取るための機械に入れると、丸ごとの鶏肉になります。
丸焼きなどに使う場合は、そのまま。内臓を処理したり、カットしたりしてほしい場合はそうお願いすると、カットしたものをビニールに入れてくれますが、受け取った「鶏肉」はまだ温かく、❝つい先ほどまで生きていた❞という生々しさがあります。
ちなみに、生きていた状態が想像つかない肉=パッケージにされている肉=気持ちが悪いと感じるモロッコ人も多く、モロッコでは、羊や牛肉も一棟丸々吊り下げられたところから、指定の部位をカットしてもらい購入するのが一般的です。
Photo:鶏屋さん
さて、この日の参加者の反応ですが、男性たちはかなり近い位置から処理の様子を静かにじっくり見ていました。そして少し離れたところから、女性たちが、好奇心と厳粛さが入り混じった面持ちで観察していました。ビーガン、ベジタリアンの参加者は数メートル離れたところで待機していました。
家畜や鶏をどのように扱うか、食べるかどうか、食べるとしたらどんな風に扱われた動物の肉を食べるかについては、現代のヨーロッパの若い人々の間で熱いテーマです。理屈先行型の人も多いのですが、今回のように、生きた鶏が鶏肉になり、それを調理していただく「当たり前のこと」を改めて経験するのは、非常に良いのではないかと思いました。
参加者はそれぞれの立場から、生きた鶏が鶏肉になっていく様子を「経験」していました。
いよいよクッキングの時間
Photo:モロッコらしい空間で、料理をし、みんなでランチをいただきます。
お買い物が終わり、大きな中庭が心地よいリヤド内に移動。いよいよクッキング開始かと思いきや、まずはお茶タイム。美味しいお茶をいただいて英気を養ったら、2班に分かれてお料理開始です。
先生役は、モロッコ人女性3人と、通訳のモロッコ人男性1人です。短時間で、モロッコ風サラダ3品、クスクス、モロッコ風鶏のオーブン焼き、クッキーを作ったので、正直言ってその場で料理を覚えるのは難しいと思いましたが、それでも先生の指示に従って、先ほど自分たちが購入してきた素材を切ったり炒めたり、時にはモロッコ音楽に合わせて踊ったり・・・とても楽しい時間が流れます。
2時間ほどかけて料理が出来上がると、中庭の大きなテーブルでランチスタート。それぞれの出身地の話、旅の話、そして今日のクッキングクラスの感想話で花が咲きましたが、みんなの話題の中心になったのが、先生の一人、ハディジャさんでした。
アラブ・イスラム圏女性のイメージ
Photo:クッキングクラスの先生の一人、ハディジャさん。
彼女は、40歳くらいの美しいモロッコ人女性で、アラビア語とフランス語しか話せませんが、英語が通じないことを参加者が忘れてしまうほどの勘の良さ、ノリの良さがあり、大輪のような笑顔とモロッコ人女性らしいたくましさ、強さを感じさせる女性でした。
モロッコで暮らしていた私には「強くたくましいモロッコ人女性」は珍しくなかったのですが、モロッコに初めてきた外国人にとっては、ハディジャさんとの出会いは非常に印象的だったようでした。
一般の観光客が出会うモロッコ人女性はホテルなどのメイドさんやお店の売り子、カフェやレストランのスタッフといったサービス業に就く人々。腰の低さが求められる職業ばかりなので、ハディジャさんのような堂々とした女性と出会い、会話を交わすチャンスはほとんどありません。
彼女と数時間過ごすことで、参加者たちの、モロッコ人女性・アラブ・イスラム圏の女性のステレオタイプなイメージが、変化していることが感じられました。
ディープな世界を体験する
Photo:今日のメインはクスクス。その日の人数や参加者の好み・リクエストでメニューは変わります。
市場でのお買い物、料理の先生役のモロッコ人女性とのふれあい。このクッキングクラスは、料理を覚えるためというよりは、料理や食べることを切り口に、観光客が普通では入り込まない世界を体験するためのクラス。半日、ディープなモロッコに入り込むためのクラスといっても良いかもしれません。
もちろん、有名な建物を見に行ったり、博物館で展示されているものを見学したりするのも旅の楽しみですが、今回のクッキングクラスのようなアクティブな旅の楽しみ方も、これからの旅のトレンドになっていくのだろうと感じました。
日本でも、沖縄や九州の朝市を見学するだけでなく、朝一で買い物をして、その土地の人と料理をするクラスがあったら、たとえ通訳がいなくても参加したい人は多いのではないでしょうか。
■Souk Cuisine:https://www.soukcuisine.com/index_ENG.html
Derb Tahtah 5, Zniquat Rahba, Marrakesh
■1DH(モロッコディルハム)=11.02円(2019年10月現在)
ビジネスのヒントに。「パケトラ」
by パケトラライター 宮本薫(ドイツ・ベルリン在住)