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村人Aは、自分だ。この世界が作り物なんて考えもしない。

村人A「ここは〇〇の村です。」

ただ、同じことを繰り返す。場所を説明する以外に役目はない。
勇者にはストーリがあるのに、冒険の中で村人には焦点が当たらない。
家族がいるのか、どんな人生を辿ってきたかもわからない。
ただ無感情に同じことを繰り返すだけ。
彼はそれが作り物の世界だなんて一生気づかずに、ひたすら同じことを繰り返す。


ゲームの中の村人Aは、自分だ。

新卒で就いた初めての仕事は、保育士の人材紹介。
電話営業の仕事だった。
定時の1時間半前に出社し、夜は日付が変わるまで働く。
土日も関係ない。

オフィスに閉じこもって電話をかけるだけ。
同じトークスクリプトをひたすら喋る。
電話をかけて、面談して、転職先を紹介する。
求人を開拓する。求職者を掘り起こす。
決められたKPIと目標に追われる日々。
終わりのこない、どこにも行けない、回し車の中を走り続ける。

でも、不幸せじゃない。村人Aにも友達や家族がいる。
たまの休日は遊びに行ったり、飲みに行って仕事の愚痴をいえるのだ。
勇者になりたかったわけでも、なれるとも思っていない。
特別な才能も、使命もない。
だから、村人Aがちょうどいいのだ。

だけど、ズレる。焦燥感がある。

前に進もうとしている他の村人を見て、勇者になろうとしている村人をみて、焦る。
自分も何かしないといけない。何かできるかもしれないと思う。思いたくなる。
だから、転職した。今度は別の村人Aに。道具屋になった。
新卒求人媒体を扱う会社に転職した。300近い商材を扱い、顧客の課題に合わせて提案する。
最初は楽しかった。新しいことをやっている実感があった。
確実に変わっている実感があった。

でも、そこから3年がたった。
もうほとんどその実感は残っていない。

あと、何年この仕事を続ける?何年この業界でいられる?
この仕事の行き着く先はどこだ?管理職か?
同じ業界内で転職する?あるいは少し年収を下げて異業種にいくのか?
何のため?仕事に飽きたからか?
じゃあ、終わりはいつくる?
なぜ終わりから考えているのか?いま生きているのに。
なぜ週5日の仕事を我慢して、土日だけを楽しみにする?楽しみの土日も寝不足で寝てるだけのクセに。

考えないようにしよう。酒や遊びでごまかそう。
やっぱりどこまでいっても村人Aなのだ。何も変わらない。
同じことをただ死ぬまで繰り返す。
仕方がない。生活していくためにはお金が必要だ。
家族と暮らすためには、ある程度の仕事につかないといけない。
周りだって同じだ。
勇者になるやつは特別な才能があって、村人Aにはこんな生き方がお似合いだ。考えたって無駄だ。

そう本気で思い込んでいた。思い込もうとした。
だってこの世界が作り物だなんて村人Aは気づけない。

ほんとうに生きていくために、今のお金が必要か?
ほんとうに自分の家や車、有名ブランドロゴの入った物に囲まれるのが幸せか?
ほんとうに今の仕事が将来につながっているのか?

この現実社会でさえ、誰かがつくった作り物だなんて気づきようがない。
それが当たり前で、それ以外の道を知らないのだから。


村を出たこともないから、村人Aにスライムやゴブリンは倒せない。
勇者が最初レベル1から始まるのに、村人Aはそれを知らない。
だから、安全だと思う、みんながいる村に居続ける。


自分は、運が良かった。
たまたま、あの時誘われたから、今会社を経営している。
村から出られた。同じことを繰り返す日々をやめられた。

決して能力があったわけじゃない、決断力があったわけでもない。
ただ運が良かった。

もし一歩間違えば今もそのままだった。
村人Aのまま、作り物の世界を繰り返すだけの日々。

確実にその実感がある。
だから必死なのかもしれない。

毎日、毎朝、毎晩繰り返す。
意味があるかはわからない。

何かを変えたくて、筋トレから始めた。
最初は10回腕立てをすると筋肉痛になった。
今は毎朝、腕立てと腹筋を80回やっている。始めて2年がたった。
毎日学んだことをXに投稿するようにした。
投稿数は1200件近くになった。
思考をまとめるときに紙に書き出すようにした。
A5用紙に1400枚ほどになった。
本を読むようになった。
社会人になってから数年間10冊も読んでなかったのに。
読んだ本は100冊を超えた。線を引いて、メモを書き込む。
1冊読むのに5〜6時間はかかる。時間が足りないから、TikTokやYouTuberを見るのはやめた。

読むだけでは理解できないから、noteに内容をまとめるようにした。
土日はずっと書いている。
少しでも学んだことを自分のうちにとどめておけるように。

正直めんどうだ。
毎朝の筋トレも、SNSへの投稿も。本を読むのも。
でも、やらないといけない。
今の自分が自分たりえているのは、それを続けているからだ。
それをやめることは、自分が自分でなくなる。
今日まで続けている数百日の自分が後ろにいる。許してくれない。
でもそうしていると少しだけ良いことがある。
凡人の自分を少しだけ肯定できる気がした。

決して勇者になりたいわけじゃない。
ただ、自分の生き方は自分で決めたい。
村人Aとして同じことを繰り返す日々に戻らない。


でも、運の悪かった自分はどうなる?
たまたま、誘われなかったら一生村人Aのままだった自分はどうすればいい?
特別な才能もなく誰でもできることしかやれず、誰かの決めた役割に従い続けていた村人Aはどうすればいい?自分にしかないものはなんだ?

それは、自分の感情だ。自分の見ている視点だ。

他者からの影響を恐れない。まねる。自分の頭で考え、咀嚼し、消化し、吸収する。それが誤読でも構わない。

三行で撃つ 〈善く、生きる〉ための文章塾

世の中を、自分の目で、耳で、肌で感じる。
自分の頭で考え続ける。誰かに言われたことを鵜呑みにするな。流されるな。任せるな。
目の前の現実を塗り替え続ける。

それは自分のもので、自分にしかできない。

そうすることでやっと気づく。

誰かの作り物の価値観で生きていたのだと。
自分に必要なものはこれじゃなかったと。
自分にもできるのだと、気づく。

自分は、自分なのだ。

父でも、大企業の正社員でも、マネージャーでも、営業職でも、村人Aでもない。

自分は、自分だ。

これは自分のために書いている。
あの時、運悪くそのままだったかもしれない自分に。

自分の言葉を信じろ。感情を否定するな。何者でもない自分の目でみるのだ。この世界を自分の五感で感じろ。自分の視点で価値を示せ。
そのために、ただ積み重ねる。

今までの既成概念も、価値観も、経験も。それは過去であって、今じゃない。
今だけがこれからの自分をつくる。プライドも、偏見も、嘲笑も、全部気にせず、自分をつくりかえる。
そうして、やっと自分の人生を生きられているような気がする。
誰でもできること。誰かに言われたこと。
そんなものに自分の人生をとられるな。

自分は、自分だ。

自信を持て、自分の役割は自分で見つけられる。


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