亡き声の聴き方

今年の夏は特別に暑く毎日涼しくなることを夢見てしまう。私は田所さんから連絡をもらいとある旧家へ車を出した。なんでも旧家の大旦那が亡くなり家にある家財で価値のあるものは全て月歩堂に譲ると遺言を残したらしい。「価値のある」といっても世間一般の所謂お金になるものというより月歩堂で扱うような普通の店では扱いが困難な摩訶不思議なものである。

「いつもなら1人で行くのだけれど」と電話口で田所さんが小声で言った。「大きいものもあるらしくて私1人ではちょっと…」

「大丈夫ですよ。俺、車出します。今度の日曜でいいですか?」

そういう事情で私は田所さんと一緒に旧家にいる。大きいものというだけあって古ぼけた箪笥などあってレンタルしてきた軽トラックに縄で縛り付けるのに難渋した。それでも小一時間で作業は終わり、奥さんがスイカを用意してくれたのでありがたくいただくことにした。

「奥様、今日はありがとうございました。お陰様でいい品に巡り合えました」

「いえいえ、家にあっても邪魔になるだけだから。それに自分が愛好していたものを同じような愛好家の手に渡れば主人も喜びます」

「大旦那様には生前、大変可愛がっていただきました。特にこの家業を継いだ直後は…」

「田所さんの知り合いだったんですか?」

「ええ。家業を継いだばかりの頃はまだ何もわからなくて…大旦那様に随分鍛えてもらったんです」

奥さんは当時のことを思い出したのかフフフと笑った。風がふわりと吹いて風鈴が微かに音を立てた。旧家の周りには何もなくて微かな音であるはずの風鈴が大きく聞こえた。

「それではそろそろ失礼します。それからこれは今日のお礼の品です。一度きりですので大切にお使いください」

田所さんはそう言うと小さな法螺貝のような巻貝を2つ机にコトリと置いた。奥さんは深々と頭を下げ「ありがとう」と言った。

帰りの車中で田所さんに渡した貝は何なのか聞いてみた。これだけ多くの品の報酬があの小さな巻貝2つなんてどう考えても不釣り合いと思ったからだ。田所さんはちょっと考えてから

「中国の言い伝えでは人は亡くなると3週間、声を失うと言われています。そして、3週間経つと霊界の言葉しか話せなくなります。イタコと呼ばれる人を知ってると思いますが、あの人たちは霊界の言葉を現世の言葉にして伝えてくれるのですが、やはり本人の声で言葉を聞きたいと思いますよね」

「ええ、そうですね。できるなら」

「あの貝を耳に入れると一度きりですが、それが可能になります」

えっそんな馬鹿なと思ったが、この人の店はこの世の摩訶不思議を扱う店だからそれも可能なのかもしれない。

「窓、開けてもいいですか?」

私が構わないと言うと田所さんは窓を開け長い髪をなびかせた。

「もうすぐお盆ですね」

彼女の言葉は夏の風にさらわれ、あっという間に消えた。


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