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遺体無き殺人9

長太逮捕顛末
時刻は23時を過ぎていました。赤湯の温泉街から聞こえるはずの芸者の歌も止み賑やかだった温泉街も静まりかえりつつありました。暗がりを引き裂くように赤湯警察署の自動車が走ります。行き先は柴田長太の家です。新聞には連日、渡辺高蔵検挙の報道が載っており、万が一長太がこの記事を目にするもしくは知人からこの情報を聞いたとするならば自分に警察の手が伸びるのも時間の問題と思うでしょう。そうなれば逃亡されてしまう。警察には一刻の猶予もありませんでした。
長太の家に着いた警察は愕然とします。長太の家はもぬけの殻だったのです。「やられた!」しかしながら、捜査陣はすぐに長太は窪田村の農業土木事業に雇われて働いているという情報を掴みました。ここから窪田村までは大体15キロ程あります。捜査陣は深夜の国道を飛ばして窪田村まで急行します。
窪田村の土木工事の飯場に着いたのは日付が変わった16日の午前1時でした。捜査陣は表と裏の入り口を固め進藤部長刑事と菅原刑事が中へ突入しました。飯場の中は8名の土工が煎餅布団にくるまって眠っていました。その中に長太が寝息を立てて眠っていました。進藤、菅原両刑事は長太に飛びかかり両腕を取り押さえ外へ連行し、自動車へ長太を押し込めました。他の土工達は呆気にとられ呆然とその様子を見送りました。
こうして重要容疑者柴田長太は逮捕されたのです。

昭和7年11月24日山形新聞


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