月読み
アルバイトの帰り、なんとなく古い街並みが見たくなり主計町をフラフラ歩いてみた。春休みももうすぐ終わり春の香りが少しずつ強くなりその匂いを風が運んで来て私の鼻をくすぐった。夕方に近づき闇が主計町の古い街を染め芸鼓さんが稽古する三味線の音色が現実と幻想の境界線を曖昧にしていく。
「あら、こんばんは」
幻想の世界を漂っていると急に声をかけられ驚き振り向くと見たことのある女性が立っていた。女性は着物姿で涼しい目で私を見ている。思い出した夕子さんのお母さんだ。私は慌てて挨拶をした。
「こんな時間にこんな所で何されてるの?」
「あ、いや、アルバイトが早く終わったのでブラブラしようかなと思いまして…」
お母さんはキョトンとして「変わった人ねぇ」と笑った。そんなに変わってるだろうか。
「あぁ、そうだ。ツクヨが貴方に会いたいと言ってたから今度会ってやって下さいな。あの子が人に会いたいなんて滅多にないのよ」
「ツクヨ…さん?」
「夕子の姉ですよ。会ったこと無かったかしら」
私は頷く。お母さんは首をかしげて不思議そうな顔をして「どういうことかしらね。とにかく会いたいそうだからお願いね。あの子、いつも部屋に籠っているからいつでもいいから」
どういうことだろうか。断る理由もないので今度会うことをお母さんに約束して別れた。浅野川からビュウと冷たい風が吹いた。私は身震いし橋から浅野川を見る。川には闇色の水が滔滔と流れていた。
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