石の本。そして、雨の本3
売れるわけがないと思っていた。というか実際、さっぱり売れなかった。会場はアーケード街なので人通りは多い。両隣の店舗では次々と本が売れている。その光景を羨ましく眺める。田所さんはというと早々にどこかへ行ってしまった。重い本を一冊並べ行き交う人々をただ眺める。立ち止まる人はいない。これ、なんの拷問なんだ?いやいや、田所さんを信じよう。この本の価値がわかる人にはきっと売れる。
お昼頃、田所さんが差し入れのホットドッグを持ってきてくれた。疲れた体にホットドッグが染み渡る。
「どうですか?」
「うーん、厳しい、かな」
「そうですか…」田所さんは暗く沈んだ。まずい。なんとかフォローしなければ
「いやっいやいや。宣伝不足なのかもしれないです。もう少しなんとかします」
「宣伝、ですか。この本は文字通り読む人を選ぶんです。本に認められなければ所持することができない不思議な本です。なので、もう少し辛抱して下さい」田所さんは力なく笑った。すると「ちーちゃん!」と声がした。田所さんは声のする方へ手を振る。
「ちーちゃん?」
「あ、私の名前千鶴だから」
今、初めて田所さんの下の名前を知った。
「知りませんでした?」
「知りませんでした」
田所さんは少し顔を赤らめ「そうでしたか…」とボソボソと答えた。
「じゃあ、今度からは千鶴さんと呼びます」
「あ、はい。どうぞご勝手に」
そう言うと田所さんは風のように去っていった。少しだけ田所さんいや、千鶴さんに近づいた気がして後半戦に気合いが入った。
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