動物の図鑑-カリガ版-
〈64ページ「雨蛙」〉
彼女が「こんにちは」と挨拶したから僕も「こんにちは」と挨拶した。
彼女はもう夕暮れなのに日傘を差して遊歩道から見える田んぼを眺めていた。田んぼに水が入ると風が冷たくなる。冷たい風に乗って今年も雨蛙が賑やかに歌い始める。彼女はずっとその歌に耳を傾けていた。僕が彼女に話しかけようとしても言葉は雨蛙の歌にかき消され彼女の耳には届かなかった。仕方がないので僕も彼女の隣で田んぼを眺めた。夕暮れに映る田んぼの水面は紫から群青へと染まっていく。
暗くなり始めたから帰ろうとすると彼女の姿はもうなかった。彼女は雨蛙の女王だったに違いないと気付いた。「夜が来た」と歌う蛙の歌がまだ短い水稲の穂を揺らす。
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