未完の書ー本の行方ー
「それで、本物の本はどうしたんですか?」
「処分しました。ある意味ものすごく危険なものですから」
優弥さんは一目見たかったなぁと呟いていましたが致し方無いことです。私は優弥さんに全てをお話して胸のつかえが取れました。
「帰りましょうか。今日はありがとうございました。優弥さんがそばにいてくれて心強かったです」
電車の時刻が近づいてきたので店を出ました。日が沈み冷たい夜風が喫茶店の窓をガタガタ揺らしました。
・・・・
優弥さんと別れ、自宅につくと私は地下室に向かいました。田所家の地下室は江戸時代の地下鉱山を利用したもので厳重かつ迷宮になっていて、田所家以外の人間は一度入ったら抜け出すことはほぼ不可能です。地図はありません。あるとするなら田所の頭脳の中です。
私はある通路を歩きある空間にたどり着きました。そこには古い本棚が壁一面あり左端にまだスペースがあるのでそこに本物の未完の書を収めました。私は優弥さんに本は処分したと言いましたが、捨てたとか燃やしたとかは言いませんでした。そんな恐ろしいことはできるはずがありません。この危険で愛おしい本は田所の地下で2度と日の目を見ることなく保管することにしました。
では何故、贋作まで用意して手の込んだことをしたのかということですが、この本を欲しがる人に諦めてもらうためわざと目立つようにしたのです。あの喫茶店のマスターも欲しがっていた男性の仲間だと思います。今頃、私が処分したことが広まっていることでしょう。
私は未完の書の背表紙を何度も撫でました。