金沢百鬼夜行‐下‐
ひとしきり筆を走らせた後、男のペンはパタリと止まった。腕に止まっていた天使はいつの間にか消えている。
「またダメだ」
男はうなだれた。ここ最近、天使が腕に腰かける時間が短くなったのだと言う。理由はわからない。
「きっと俺が天使の力を借りて有名になりたいなどと変な野心を持ってしまったためなんだ」と消え入る声で呟き頭を掻きむしった。
「西島さん」
夕子さんは優しく男にささやいた。「恐らく天使はこの先は西島さんの実力で書けるだろうし、その方が面白いお話を書けるはずだと思って去っていくのだと思いますよ」
男は顔をあげ夕子さんの顔を見つめた。
「本当にそう思うか?」
「本当です。ね?」
夕子さんは私を見た。私も頷き同意した。「そうかなぁ」と男は言い、頭を再び掻きながら原稿用紙に向かった。
「どうだった?面白かったでしょ」
「ええ。こんな不思議なことってあるんですね」
夕子さんは満足そうに頷く。なんだか私まで嬉しくなった。夕子さんは金沢で見られる妖を題材に卒論を書くと言う。随分と楽しそうな論文だ。出来上がったら読まして下さいよというと「もちろん」と言い「君には一番最初に見せてあげる」と最高に嬉しい言葉をもらった。
気が付くと夕暮れだった。夕子さんと別れて1人長町の武家屋敷跡をトボトボと歩いた。薄暗い狭い道は妖が出そうだった。今日見た天使といい、この世には妖やモノノケの類が本当にいるんだなと改めて感じた。古都にはやはり古都たる所以があるのだ。
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