海の色を知っているか
「…後継者不足に加え私自身も高齢ということもあり、製作するだけの体力も無くなってしまいました。よって、この度の商品をもって引退することを決断いたしました。長い間に渡りご愛顧いただきありがとうございました」
発注した海色の絵具と共に几帳面な字で書かれた手紙が入っていた。私は手紙を読んでいてもたってもいられなくなり電話をかけた。
「絵具、届きました。ありがとうございます。それと手紙を読みました。辞めてしまうのですね」
「いやぁそうなんです。私も年でね。この間、腰をやってしまってしばらく動けなくなってさ。後継者もいないしこの辺が潮時だろうと、ね。月歩堂さんには貴女のおじいさんの時代からずいぶんお世話になりました。ありがとう」
「そうでしたか。残念です。波野さんの作る海色の絵具は本当に美しかったです。腰はもう大丈夫なんですか?」
「あぁ大丈夫。これからは海を眺めながらのんびりと過ごすことにするよ」
私は受話器を握りながら寂しくなりキュッと唇を噛んだ。
「…波野さん。よかったら最後に一度だけ波野さんが海色の絵具を作る所を見てみたいのですがダメですか?」
「え、いや、それは全然構わんけど新潟まで来れるのかい?朝も早いぞ」
「大丈夫です。是非、お願いします!」
波野さんが照れ笑いする声が聞こえた。それじゃあ、今週末来るかい?と聞かれたのでもちろん承諾した。私は週末の素敵なことが起こるに違いない出来事に心が踊った。
『月歩堂店主 備忘録』より
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