緑に染まる3
「山絵具」入荷のお知らせをすると瞬く間に完売しました。お客様からは今時、これほど良質な緑を作れる職人はなかなかお目にかかれないと感心されました。私は職人さんにお伝えしておきますと言いましたが、緑山さんの体調が気がかりで仕方ありませんでした。私は染田医院の夏美先生に相談することにしました。染田医院は私の自宅からひと山越えた山間にあって、染田夏美先生はまだお若いのに医師でありながら民俗医療にも精通している凄い先生です。
「お若いって、貴方も十分お若いでしょう?私の5つ下?」
「いえ、3つ下です」
夏美先生はケラケラと笑いました。私は夏美先生に事情を話し、緑山さんの元へ往診していただけないかお願いしました。
「それは深刻かもしれないね。山喰いと呼ばれる症状は山が早朝に青白いモヤを出すでしょう?」
「ええ、見たことあります。でも、あれは水蒸気ではないのですか?」
「里に近い場所ではね。ただ、山深い場所では山の瘴気をだすのよ」
「しょうき?」
「簡単に言うと山が溜め込んだ毒みたいなもの。これを吸い込むと身体が朽ち果て山の一部になる」
私は絶句しました。緑山さんは恐らくその瘴気を吸い込んだに違いありません。なんとか助けなくては。
「夏美先生、緑山さんを助けて下さい!」
「うーん、山喰いは完治することが難しい病気で、私に出来るのは症状を遅らせることくらいだけど…」
「そこをなんとか」
「千鶴ちゃん、貴女も聞いたことがあるかもしれないけれど、山って恐ろしい場所なんだよ。人が山から受けている恩恵なんてものはほんの僅かで、それ以外は決して触れもさせない。触れようとすると罰が当たる。その緑山さんという人は触れてしまったんじゃないかな」
「恐らくそうだと思います。山絵具を作るためにはそれが必要だったんです」
夏美先生は頷き「よしっ今日の診療はおしまい。これから私は山喰いについてできるだけ症例と治療法を調べるから明日朝の5時にここに来て。診療開始前に診に行きましょう」とおっしゃってくださいました。
「ありがとうございます!」
私は診察室を出て受付のお姉さんに礼を言い医院を出ました。少しだけ希望の芽が出た気がします。私は車に乗り込みキーを回しました。
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