遺体無き殺人 5
進藤部長刑事手がかりを見つける
シャーロックホームズの物語の中で『美しき自転車乗り』という短編があります。話の中で先行して捜査をしていたワトスンの報告を聞いたホームズがワトスンに君の捜査は失敗だった旨を告げると機嫌を損ねたワトスンは「じゃあ、どうしろっていうんだい?」と抗議します。それに対しホームズはこう言います。
「最寄りのパブに行くのさ。田舎じゃ、パブはゴシップの中心だからね。〈中略〉どんな人の噂話だって聞き出せるはずだ」
コナンドイル 日暮雅通訳『シャーロックホームズの生還』より
暗礁に乗り上げた捜査は思わぬ所から進展します。舞台は残念ながらパブではなく温泉の共同浴場ではありますが、そこがなんとなく日本的だと感じます。
赤湯警察署の進藤部長刑事は赤湯温泉共同浴場へ毎日混み合う時刻を見て入浴に通っていました。これは捜査であって、断じて自分が風呂に入りたかったわけではありません。・・・たぶん。
ある日、進藤部長刑事はいつものように共同浴場の風呂に入り、世間話に耳を傾けていました。すると入浴客が伴蔵の行方不明事件の話をしだしました。
「そういえば、2月3日に俺、16時頃から近所に茶飲みに行って夜遅くに家に帰ったんだけど、帰るときに火葬場から煙が上がってたのを見たんだよ。おかしいなと思ったから覚えているんだ。だってあの日に人が死んで火葬したなんて聞かないからさ」
「そりゃあ確かに妙だな。お前、伴蔵の小屋と見間違えたんじゃねぇのか?」
「そうかなぁ。まぁ確かにだいぶ暗かったし、間違いだったのかなぁ」
会話を黙って聞いていた進藤部長刑事はピンと来ました。火葬場と伴蔵の住んでいた小屋は同じ方向にある。もし、2月3日の煙の出所はこの入浴客の言うとおり伴蔵の小屋ではなく火葬場であったなら・・・これは恐ろしい犯罪である可能性が出てきた。進藤部長刑事は足しげく通った浴場でその努力が実りついに有力な情報を手に入れたのでした。