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月歩堂商品カタログ集

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この世の摩訶不思議を扱う月歩堂の商品カタログです。 販売はカタログからの通販のみ。
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#小説

Baby's in black No.3

蒸し暑い一日に街中バイクを走らせるとこんなにも消耗するのかと絶望的な気分になる。早く家に帰って冷たいものを飲みたい。炭酸を摂取したいという強い気持ちが頭を何度もグルグルした。

スーパーに寄って炭酸飲料を買って真っすぐ自宅に帰る。郵便ポストを開けると手紙やら広告が珍しくごそりと入っていた。

自室の扉を開けたら取り敢えず窓を全て開けて熱気を外に逃がす。夕方ということもあって気持ちのいい風が少しだけ

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Baby's in black No.1

夏が始まり、ムッとする湿気が絡みついてくる随分不快な季節だった。
私は千鶴さんの家に郵便を届けにバイクを走らせていた。彼女の自宅兼店へたどり着くには山奥の細い道を何度もクネクネ走らせる必要があった。
道は昨日の雨でぬかるんでいたし、雑草は生気を取り戻したように大きくなりつつあった。
千鶴さんの家に着くと車が1台停まっていた「珍しいな」と呟きポストに湯便を入れようとすると玄関の扉が開いた。
「あ、こ

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6月のある日

6月のある日

優弥さん、明日お時間がありますか。もし、お時間があったらお手伝いいただきたい事があります。

千鶴さんからメールが来た時、あまりにもびっくりしたのでスマホをお手玉した挙句、つるりと私の手をすりぬけ床に落ちてしまった。急いでスマホを掴み2・3度撫でてからもう一度メールを読んだ。明日はちょうど仕事が休みだったので、「もちろんです」と即答した。

それでは、明日10時にお待ちしています。

……次の日、

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未完の書ー未完の収集家ー

「この度はご連絡いただきありがとうございます。月歩堂でございます」

「ああ。わざわざ遠いところからありがとう。早速のところで悪いがね。例の本を見せてくれるかな?」

千鶴さんはトートバッグの中から青い風呂敷に包まれた例の本を出して男に手渡した。男は嬉しそうにパラパラと本をめくっていたが、次第にその顔は曇っていった。

「これは…残念だが偽物だ。悪いが購入する気はないよ」

「そうですか。申し訳ご

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贋作士語る

あの女には借りがあった。だから今回の未完の書?とかいう本の贋作を格安で(ここ重要)引き受けた。俺の工房には古今東西の材料があるからあの程度の本の贋作を作るなんて簡単すぎるくらい簡単だった。むしろ、本物を超えるくらいのものを作ってやろうと思った。そして、あの女に本物と贋作を逆に渡す。あの女は恐らく気づかないだろう。よし、面白いことになってきたな。俺は俄然やる気になって本を作り始めた。

2日後。本は

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未完の書ー本の行方ー

「それで、本物の本はどうしたんですか?」

「処分しました。ある意味ものすごく危険なものですから」

優弥さんは一目見たかったなぁと呟いていましたが致し方無いことです。私は優弥さんに全てをお話して胸のつかえが取れました。

「帰りましょうか。今日はありがとうございました。優弥さんがそばにいてくれて心強かったです」

電車の時刻が近づいてきたので店を出ました。日が沈み冷たい夜風が喫茶店の窓をガタガタ

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未完の書ー 千鶴さんの種明かしー

私は当初からこの未完の本が何が何でも欲しいということに違和感がありました。当然ですよね。未完のモノをコレクションしている風変わりな人はいるかもしれませんが、聞いたことがありません。

それで考えました。この本にどんな魅力があるのか。まず一つはこの本の作者が高名な人であること。でも、この本の作者がわかる痕跡は見当たりません。私も作者は不明とサイトに書きました。

二つ目はこの本に何か秘密がある。もっ

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未完の書ー喫茶店にてー

「あっ喫茶店があります。優弥さんコーヒー飲んでいきませんか?」

駅前まで無言で歩いていたのに急に千鶴さんは嬉しそうに声を弾ませた。

「ええ、いいですね」

千鶴さんが落ち込んでいなくてよかった。私は安堵して喫茶店のドアを開けた。

店内は薄暗かった。店主が疲れた声で「いらっしゃいませ」と言った。私たちは席に着くとそれぞれコーヒーを頼んだ。

「無事に終わってよかったです」

「なんだか…残念で

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未完の書ーその人は海の近くに住むー

電車を乗り継ぎ未完の書を買い取りたいお客様のご自宅へ向かいました。お客様のご自宅は海の近くにあり、潮風が仄かに香りました。今年は暖冬で冬の気配が全くない奇妙な昼下がりでした。

「ここですか。本を買いたいお客さんのおうちは」

優弥さんが何度も住所を確認し辺りをキョロキョロしました。

「そのようですね」

その家は古い洋館でした。おそらく大正か昭和にかけての建物です。ベルを鳴らすと50代くらいの

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未完の書ー豊丘炭鉱図書館にてー

その図書館は山中の獣道のような細い道を30分くらい歩いてようやく辿り着きます。今年は雪が降らないので、なんとか歩いて行くことができました。

豊丘炭鉱図書館。かつては炭鉱で働く労働者向けに設立された図書館ですが、炭鉱が閉山した後は特殊な本のみを扱う図書館として一部の図書に詳しい人たちに知られています。

玄関正面に古いカウンターがあり、おばあさんが1人ちょこんと座っていました。自動ドアが開き私が来

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未完の書ー博美さんの見解ー

「そういえば昔、たまたま扱った紙切れが何かの暗号だったということがあったなぁ」

私の話を聞き終えた博美さんはコーヒーを飲みながら記憶を辿るように眉間にシワを寄せて考え込んでいました。

「ま、私の店での話ではないけどね」

「そうですか。私、気になって仕方ないんです。悪い癖ですよね」

博美さんは笑いながら「わかるわかる」と頷きました。

「私も同じだよ。この仕事を生業にしている人はみんなそうだ

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未完の書-冬の海と骨董屋-

冬の海はとても美しくて、いつもその場に立ち尽くしてしまいます。言葉を想いを波がさらっていき空っぽになります。だから想いが溢れてどうしようもなくなったら私は海に行くことにしています。幸い、海の近くに友人が骨董屋を営んでいるので、ちょうどいい口実にもなります。

海を見た後に骨董屋のドアを開けると行くたびに不思議さが増しているような空間が広がっています。

「あら、だれかと思えば」

「お久しぶりです

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未完の書 返信

お手紙、読ませていただきました。確かに怪しい話です。俺個人としては会うのはおススメしたくありませんが、千鶴さんが会いたいというのであれば、付いていきます。行く日が決まったら連絡ください。出来ればメールで。

私はこの後に自分のメールアドレスを書いて手紙に封をしてポストに投函した。冬が近づきつつあるのか風がとびきり冷たい。この調子だとそろそろあの忌まわしいジングルベルが聞こえてくるだろう。私は身震い

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未完の書

ある港町に住む人から一冊の本を譲り受けました。ページをめくると断片的な言葉が不規則に並んでいます。そして、ページの3分の2位から白紙になっています。この本は未完の書なのだと思います。

本を綺麗に掃除したので、さっそく月歩堂の目録に本を載せました。載せて3日後にお手紙をいただきました。本を是非譲ってほしいとのことでした。しかし、自分は足が不自由であるため自宅の近くまで届けに来て欲しい。勿論、交通費

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