石にされちゃうわ
晶はいつも帽子をかぶってた。ハットや、キャップじゃなくて、頭をすっぽり覆ってしまう伸縮性のある素材の、ニット帽よりは少しだけ薄い、冬以外の季節でも平気なやつ。
彼を含めた仲間たちとは大人になってから、友人の紹介で知り合った。彼らと会うときはいつも夜集合で、特に悪いことをするわけではないが、うるさいところで音楽を聴いて、疲れたらその足で酔っ払ったまま、朝まで居酒屋や誰かの家で過ごすことが多かった。
「コイツの帽子の下、見たことある?」
友達のひとりのユウゴにふと言われ、そういえば無い、と思った。
「言われてみたら無い、どんな髪型してるの?」
ユウゴは、にやりと笑って、
「晶は皆に髪の毛見せないんだよなあ」
と彼の肩に手を置いた。
「じゃあユウゴも見たことないの?」
そう聞くと、今度は私の方に近寄ってきて小さい声で言う。
「うん、実は俺もないんだよ。アイツ、勿体ぶって頑なに見してくれねえの。お前ら固まっちゃうよ、とか言って。」
もしかして何か見せられない事情でもあるのかな。あんまり触れられたくない傷とか、あ、毛が薄くなってきてるとか?
分かんなかったけど、私はその謎は案外もうすぐ簡単に解けるんじゃないかなと思ってた。
最近、皆で遊んだあと私と晶は何事もなかったように落ち合ってから二人で駅まで歩き、解散したりして、なんだかいい感じだったのだ。
晶はあまり大きい声で笑わなくて、ちょっと周りのやつらと比べると気取ってる感じが気に食わない、って晴香は言ってたけど、私は晶のそこが好きだった。
今日も皆でバイバイしたあと、たぶんここで待ってたら晶は来る、と思った。いつものコンビニ。
どうあれ私は今日こそ、たぶん晶と同じ部屋に帰ることになるってなんか予感してた。だからついでに、きっとどんな髪型かも分かっちゃう。
晶の髪型が変なバーコードとかじゃないといいな、なんて思いながら携帯を触っていると、少し遠くから声をかけられた。声で晶と分かり、うちらはコンビニで適当に飲み物を買って、ほら、ね、晶の家に行くことになった。
「適当に座って」
晶は私を部屋に通すと、買ってきた飲み物をプシュと開けて飲みながら、くつろぐように促した。
実際のところ、私は少し緊張していた。晶の切れ長な一重の目、くっきり二重の人よりセクシーで好きだけど、見つめられたら何も考えられなくなりそう。
不健康そうな細長い指にも、どきりとする。タバコを探して這うようなゆっくりとした動きに、身構えてしまう。
私、結構前から晶のこと好きだったな。
何か会話をしようと我に返り、今日ユウゴの言っていた話題を振った。
「そういえば、晶、その帽子に耳まで隠れてるけど、ほんとに取ったところ見たことない。」
晶は、切れ長の目で私を見つめながら、そっと帽子から耳を出して見せてくれた。
なんかきっとそうなのかなとは思ってたけど、晶の耳は両耳ともピアスがたくさん開いてた。
耳まで隠すって、大体そういうことだ。
「ピアスだらけ。せっかくなんだから、見せびらかせばいいのに。」
私がそう言うと、特別な人にしか見せないようにしてるんだよ、と言うから、どきりとして、目が泳ぐ。
でも分かる。私も、自分のへそに開いているピアスは、私の服を脱がせたことのある人しか知らない。特別な人にだけ、見せたいんだ。
「髪の毛は、どうなってるの」
たくさんのシルバーのピアスがついている耳にそっと触る。耳に添えた私の手を、晶の大きくて細い手が上からそっと覆う。
私の手を押さえながら、晶が言った。
「俺の髪の毛みたら、石になっちゃうよ。」
どきりとした。
それでもよければ、と晶は私の手を帽子に移動させ、やんわりと掴ませる。
確かにユウゴが言っていた。あいつの髪みたら、俺ら、固まっちゃうらしい。
私の手を帽子に掴ませた晶の手が、少し力を入れ、帽子を後ろにずらし始めた。
鼓動が波打つのを感じる。
どっかで聞いたことある。私本とかあんまり読まないけど、髪の毛が蛇で、その蛇と目が合うと、石にされちゃうって話。名前は確か、メデューサだったっけ…。
そっか。晶はメデューサだったんだ。でも、メデューサって女じゃなかったっけ。でも、男には男用の名前があるんじゃないの…。そんなこと、今どうでもいいの。晶の目が蛇みたいに鋭かったのは、そのせいだったんだ。
ああ、私、石にされちゃうんだわ。
晶の帽子が、掴まされていた私の手からぽとりと落ちた。
私はその瞬間に咄嗟に目をつぶって、晶は、私に、キスをした。
「おはよ」
まだ私は横になったまま。晶はもう昼もとっくに過ぎた時間にそんなことを言って、目が覚めた私に、コーヒーを淹れてくれているみたいだった。
「石になっちゃうなんて、昨日はほんとに騙されたわよ。ひどい、ほんとはただのドレッドヘアーだなんて」
晶の髪は、蛇なんかじゃなかった。私はあのあと暫く目をつぶって、晶のされるがままだったが、覆いかぶさってきた晶の頭から垂れてくる柔らかで覚えのある質感に、途中から気づいたのだ。
晶の髪は遠くからみたら蛇頭に見えなくもないがドレッドヘアーで、見ても石に変えられたりなんてしなかった。
「驚かせるのが好きなんだよ」
コーヒーを2つ手に近付いてきた晶は、穏やかに笑った。
「確かに数秒、固まって石になったわよ」
ベッド脇のテーブルにコーヒーを置くと、晶はまた私にキスをした。
「この蛇男」
晶は、二股に分かれたその舌で、私の舌をチロチロと舐めた。
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