アイルランドの異教的伝承「エウェルへの求婚」(アルスター物語群)⑧:¶80~92

私が翻訳したアイルランドの異教的伝承「エウェルへの求婚」(Tochmarc Emire) をここに掲載していきます。

【前回】

今回は最終セクションです。クー・フリンがエーリゥへ帰還する途中で経た冒険、エーリゥでフォルガルと戦ってこれを倒すこと、エウェルへ求婚した際にした約束を果たすこと、そしてエウィン・ウァハへの帰還と幕引きです。


エーリゥへの帰路での冒険

¶80
その後クー・フリンはエーリゥ行きの舟に乗った。以下が一艘の舟の乗組員であった――ローヒの二人の息子のルガズとルアン、フェル・バイス、ラーリン、フェル・ディアド、ドルスト・マク・シェルヴ。彼らはサウィンの夜、島々の王であるルアドの館へ行った。そこでコナル・ケルナッハとロイガレ・ブアダハが貢物の取り立てを行っていた。その時異国人の島々からアルスターの人びとに貢物があったからである。

¶81
クー・フリンはその砦の王の嘆きを聞いた。
「このでかい音は何だ?」とクー・フリン。
「ルアド王の娘がフォウォーレ族への貢物として連れられて行くんだ」と彼らは言った、「この砦に響く哭き声はそのせいだ」
「その娘というのはどこにいるんだ?」とクー・フリン。
「下の浜辺にいる」と彼ら。
クー・フリンはそこに向かい、その岸部にいる娘の前まで来た。クー・フリンは彼女から事情を聞いた。娘は彼に洗いざらい話した。
「そいつらはどこから来る?」とクー・フリン。
「向こうのとても遠くの島からです」と娘、「ここにいてやつらに出会ってはいけません」
彼はそこでフォウォーレ族を待ち、そして三人のフォウォーレ族がたった一人の勇猛さによって死んだ。だが、最後の男は彼の腕に傷をつけることができた。娘は服をちぎり、彼の傷に巻いた。それから彼は自分の名前を告げずに、その場所から去った。

¶82
娘は砦に入り、父親に起こったことを全て話した。その後クー・フリンが、まるで普通の男のように入ってきた。それからコナルとロイガレは彼を歓迎した。一方砦では、大勢がフォウォーレ族を殺したと(偽って)自慢していたが、娘は彼らを信じなかった。それから王によって入浴の準備が整えられ、全員が順番にそこへ連れてこられた。そこでクー・フリンが普通の格好でやって来て、娘は彼に気づいた。
「娘をそなたにやろう」とルアド王は言った、「そして私自らが娘の持参金を払ってやろう」
「それには及びません」とクー・フリン、「来年の今日、彼女をエーリゥによこし、私を探させてください、もし彼女が望むなら。そうすればそこで私が見つかるでしょう」


クー・フリンがフォルガルの砦を攻撃し、エウェルに課された課題を成し遂げる

¶83
その後クー・フリンはエウィン・ウァハへ行き、これらの出来事を物語った。彼は疲れを取り、それからフォルガルの砦へエウェルを探しに行った。彼は丸一年その近くにいたが、大量の見張りのために近づくことはかなわなかった。それからその年の終わりがやってきた。「今日は、ロイグよ、」とクー・フリンは言った、「俺たちがルアド王の娘と会う日だ。しかし俺たちは正確な場所を知らない。俺たちが馬鹿だったからだ。行こう、」と彼は言った、「この土地の国境のところまで」

¶84
それから彼らがロッホ・クアンの国境にいたとき、彼らは海の上に二羽の鳥を見た。クー・フリンは投石器から石を投じ、その鳥たちを撃った。それからそれらのうち一羽の鳥を撃ったあと、男たちはそれらのところへ急いだ。彼らがたどり着いたとき、そこにあったのは、世界にいる中で最も美しい二人の女性の姿であった。そこにいたのは、ルアド王の娘デルヴォルガルと、その乳姉妹であった。
「あなたがしたのはよくない行いです、クー・フリン」と彼女は言った、「私たちはあなたを探しにきたのです、なのにあなたは私を傷つけました」
クー・フリンは彼女から石を、その周りの血のかたまりとともに引き抜いた。
「今あなたと逢うつもりはない」とクー・フリン、「なぜなら俺はあなたの血を飲んだからだ。俺はあなたをここにいる我が乳兄弟、〈赤縞〉のルガズ (¶72参照) に与えよう」
そしてそのようになされた。

¶85
その後のあるとき、クー・フリンはフォルガルの城を目指していたが、厳しい見張りのため、かの乙女を未だ見つけられていなかった。再び、彼はルグロフタ・ロガへ、フォルガルの砦へ向かった。その日、鎌の付いた戦車が彼によって馬を繋がれ、そして荒れた道の上を行った。そこで〈雷の妙技〉で三百と九人を屠った。その鎌付きの戦車はクー・フリンが一日がかりで用意を整えたものであり、それゆえに、すなわち突き出した鉄の鎌ゆえに、鎌付き (serrdae) と呼ばれているのであった。またあるいは、そもそもは荒れ果てた山がちな土地のシリア人 (Serrdaib) がその起源であるとも言う〔訳注:明らかに単語の類似から来る類推〕。

¶86
それから彼はフォルガルの砦にたどり着き、〈英雄の鮭跳び〉を繰り出して三つの城壁を飛び越え、砦の内側に侵入した。そして彼は城壁の内庭で打撃を三度放ち、そうすると一撃ごとに九人で一組になった敵のうち八人を打ち倒し、なおかつその真ん中にいた一人は生かした。生き残ったのはエウェルの三人の兄弟のシュキヴル、イヴル、カットであった。クー・フリンが逃げたため、フォルガルは内側から砦の城壁を越えて跳んだ。そうすると彼は死に、命は残されなかった。クー・フリンはエウェルと、彼女の乳姉妹と、そして金銀から成るその二人の荷物を伴って、再び三つの城壁を跳んで進んだ。彼らの周りのあらゆる方向から咆哮が上がった。フォルガルの妹のシュケンメン (¶53参照) が彼らに襲いかかった。クー・フリンは浅瀬でそいつを殺し、それゆえそこには〈シュケンメンの浅瀬〉という名前がついた。彼らはそこからグロンダスという場所に行った。そこでクー・フリンは百人の戦士を殺した。
「あなたがなさった武勇はすさまじいですね」とエウェルは言った、「あの百人の武装した戦える男たちを殺してしまうなんて」
「グロンダスの名前は永遠に残るだろう」とクー・フリンは言った。

¶87
クー・フリンはクルーオトという地に着いた。その名前は、その時まではライ・バーン(白い平原)といった。そこにいた部隊に対し、クー・フリンがとてつもない破壊の一撃を見舞ったため、血の皮がその場所の両側に流れた。「あなたはこの丘の芝土を血まみれにしてしまいましたね、クー・フリン」とかの乙女は言った。それゆえそこはクルーオト、すなわち「血の芝地」という名前になった。アース・ニムフアドというボイン河の河畔で、追跡者たちが追いついた。エウェルは戦車から離れた。クー・フリンは追跡者を追跡し、そのため馬のひづめから芝土が、浅瀬を北に飛んだ。彼はまた北に追跡し、そのため馬のひづめから芝土が、浅瀬を南に飛んだ。そのため両側の芝土からアース・ニムフアド(〈芝土の浅瀬〉?)と呼ばれるようになった。


クー・フリンがエウェルを連れてエウィン・ウァハに帰還する

¶88
いずれにしろ、〈大いなる罪〉の〈シュケンメンの浅瀬〉からブレグ平原のボイン河までの全ての浅瀬で、クー・フリンはそれぞれ100人を殺した。そして、彼がかの乙女に約束した行い (¶27, 53参照) は全て履行された。その後彼は安全に進み、その夜の闇の下、エウィン・ウァハにたどり着いた。エウェルは〈赤枝〉の館の中、コンホヴァル王とその他のアルスター貴族たちのところへ案内され、彼らに歓迎された。アルスターの人びとの中に、性根のねじ曲がった、口の悪い男が一人いた。カルヴァズの息子、〈毒舌〉のブリクリウである (「ブリクリウの饗宴」参照) 。彼はこう言った、「今夜ここでクー・フリンに起こることは、厄介なことになるでしょう。彼が連れて来たこの女性は、今夜コンホヴァル王と寝ることになるでしょう。これまでずっと、アルスターの者より先に、王によって百の乙女の花が散らされてきたのですから」と。これを聞いてクー・フリンは怒り心頭に発して体を打ち振り、そのせいで尻に敷いていたクッションが破裂してしまい、羽が館中のあちこちに飛び散ってしまった。

¶89
「大いに困ったことになりましたな」とドルイドのカスバズは言った、「しかしブリクリウが言ったことは何であれ行うのは彼にとって〈ゲシュ〉にあたることです。クー・フリンは彼女と寝た者は殺してしまうでしょう」
「クー・フリンを我々のところに呼べ」とコンホヴァル、「やつの怒りをやわらげられるかどうかやってみたい」
クー・フリンがやって来た。
「立ち上がって儂のところへ来い」とコンホヴァル、「そしてスリアヴ・フアド山にいる動物を連れてくるのだ」
それからクー・フリンは出発した。スリアヴ・フアド山で見つかった豚や野生の牛、その他の素早い野生動物が、彼に追い立てられ、それらの動物が一度にエウィン・ウァハの緑地に追い立てられた。すぐに彼の怒りは彼の後ろに追いやられた。

¶90
アルスターの人びとの間で、この主張に対する話し合いがもたれた。彼らの出した提案は、クー・フリンの名誉を守るため、エウェルが今夜コンホヴァル、フェルグス、カスバズと同じ寝床で寝るというものであり、そしてもしそれが受け入れられればアルスターの人びとがこの夫婦を祝福するというものであった。その提案は受け入れられ、そのようになされた。翌日、コンホヴァル王はエウェルの持参金を払い、クー・フリンの名誉を傷つけたことに対する補償が支払われ、その後クー・フリンは妻と休み、それから彼らは離れ離れになることはなかった、死が二人を分かつまで。

¶91
その後、アルスターの少年組はクー・フリンにリーダーの座を与えた。その時エウィンにいた少年組は以下の面々であり、詩人が彼らの名前を声高に唄って次のように言ったのである――

¶92
エウィンの少年組――美しき部隊――
彼らが〈赤枝〉に在りし時、
フルヴァジャ――白き杖の――
クスクラズ、コルマク。

コニング、穢れなきグラシュネ、
フィアヒグ、フィンハズ、
固く穢れなきクー・フリン
――デヒティネの誉れ高き息子。

そこにフィアフナ、フォロミン、
カフト、マネ、クリムサン、
スリアヴ・イン・ホン山の七人のマネ、
ブレス、ナール、ローサル。

そこにフェルグスの六人の息子、
そしてイラルフレス、イラン、
フィアウィン、ブンネ、ブリー、
剣持つマール、クー・ロイ。

巻き毛のロイガレ、歪んだコナル、
気高き美しさの二人のエティアル、
メス・ディアド、愛しきメス・デダズ、
――アマルギンの優れた家系。

スリアヴ・スモール山のカスの息子コンフリズ、
バード・ベルナズ・ブローンの息子コンフリズ、
フィンの息子デルグの息子コンフリズ、
サールヒンの息子コンフリズ・スアナ。

フィンデルグの息子オイド――過ちの過ち――
フィディグの息子オイド――強肩――
コナルの息子オイド――戦のめった切り――
ドゥンの息子オイド、ドゥアッハの息子オイド。

レーテの息子フェルグス――穢れなき幸運――
ダーレの息子デルグの息子フェルグス、
ロスの息子フェルグス――詩に唄われる――
クリムサンの息子ドゥヴの息子フェルグス。

トラーグレサンの三人の息子――名高き戦士達――
シドゥアド、クリャッハ、カルマン、
戦いのウシュリゥの山の三人の息子、
ナイシュ、アンレ、アルダーン。

三人のフラン、三人のフィン、三人の舟のコン、
シュキウルの九人の息子の名前、
三人のフォイラーン、三人の美しきコラ、
ニアルの三人の息子、シスガルの三人の息子。

ローンとイリァッハ――美しき男たち――
そして欠けるところなきコルマクの乳兄弟、
ロスの息子の息子の三人のドンガス、
三人のドゥーンガス、三人のドイルグス。

舟のコルマクに仕える〈技の者たち〉
エティルシュケルの息子リールの九人の息子、
三人の笛吹き――美しき技――
フィン、エオヒズ、イラン。

それから妙なる調べの角笛吹きの
二人のアイド、フィンゲン、
舌鋒鋭き三人のドルイドの
アシルネ、ドレッハ、ドロベール。

名高き三人の給仕
フィン、エルアス、ファセウィン、
クレテッハの三人の孫――穢れなき結束――
ウアス、ウラド、アシュリンゲ。

アイド、エウィンに名高きエオヒズ、
イルガバルの美しき二人の息子、
ブリクリウのあらゆるものを食らう二人の息子
――エウィンの少年組に名高し。


【終わり】

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ケルト神話翻訳マン
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