アイルランドの異教的伝承「エウェルへの求婚」(アルスター物語群)⑦:¶67~79
私が翻訳したアイルランドの異教的伝承「エウェルへの求婚」(Tochmarc Emire) をここに掲載していきます。
今回は、女戦士スカーサハの下での修行と、スカーサハの宿敵アイフェとの戦いです。クー・フリンはアイフェを倒し、彼女を愛し、彼女に息子を授けます。それが後に彼が殺すことになるコンラです。
クー・フリンが女戦士スカーサハを訪う
¶67
クー・フリンは、あの戦士の教えた通りに、その道を辿ってその不吉な平原と危険な平原を渡って行った。クー・フリンのたどった順路は次のようなものであった。スカーサハの弟子たちがいる野営地でのこと。彼は彼女がどこにいるか尋ねた。
「向こうの島だ」と彼らは言った。
「俺がスカーサハのところに行くにはどの道を行ったらいい?」と彼は言った。
「あの崖の橋の方だ」と彼らは言った、「修行を終えない限り、誰もこの道を行くことはできない」
その橋は次のようになっていたためである。というのも、その橋の両端は低く、真ん中は高く盛り上がり、そして誰かがその橋の端に足を踏み入れると、もう一端が高く持ち上がり、転ばせてしまうのだ。異説の伝えるところによると、以下のエーリゥの戦士達がこの野営地にスカーサハのもとで修行するためにいたという。すなわちダウァーンの息子フェル・ディアド、ウシュネッハの息子ナーシ、エゴマスの息子ロッホ・モール、フォラの息子フィアウァン、そしてその他の数え切れない戦士達。しかし今語られている話では、彼らはその時そこにいなかったのだ。
¶68
クー・フリンは三度ゆっくり橋を渡ろうとし、失敗した。スカーサハの弟子たちは彼を嘲った。そのとき彼の体は歪み、橋を渡り始め、そこから〈英雄の鮭跳び〉を繰り出して橋の真中に降り立ち、その時反対側の端はまだ橋に対して持ち上がっていなかった。彼は再び〈英雄の鮭跳び〉を繰り出し、島の地面に降り立った。彼はスカーサハの砦に向かい、その門扉を槍の柄で叩いた。すると柄は門扉を貫いた。この事態はスカーサハに伝えられた。「然り」と彼女は言った、「どこかで武芸を修めた何者かだ」そして彼女は、その若者が何者か知るために、自分の見目恐ろしい娘を遣わした。それでスカーサハの娘ウアサハが出て行った。彼女はその姿を見て、その際立った容姿ゆえに火のついた欲情を抑えられなかった。彼女は母親のところに取って返した。彼女は母親に対し、自分の見た男を賞賛した。
「そうやってその男はおまえを喜ばせたと」と母は言った、「お前を見ていれば私にもその様が見えるようだ」
「本当よ」と娘は言った。
「あの人は私に喜びをくれた」と彼女は言った、「今夜はお母様があの人と供寝なさいませ、そうお望みであれば」
「実のところ、それは私にとって望まぬところではない」と彼女は言った、「おまえ自身がそう望むのなら」
¶69
それからその娘は彼に水と食事を振る舞い、彼が喜ぶのを見守った。彼女は召使の格好で彼を歓迎した。そのことで得をしたということである。彼(クー・フリン)は彼女の指を傷つけ、折ってしまった。娘は叫んだ。そこに野営地の全戦士が集まって来て、野営地の全ての人が立ち上がった。またあの戦士、すなわちスカーサハの戦士コヒル・クルヴニェもまた立ち上がった。彼とクー・フリンは殴り合い、長い間戦った。するとその戦士は己の武勇の業を恃みにし、クー・フリンはあたかもその技を以前教わったかのように、それらを払いのけた。そしてその戦士はそれによって倒れ、クー・フリンは敵の首を取った。スカーサハはそのことを悲しみ、クー・フリンは彼女に言った、自分がその斃れた男の仕事と職務を引き受け、彼女の部隊のリーダーになり、そしてその男に代わって強き戦士になろう、と。その後ウアサハはそれを見て、クー・フリンに話しかけた。
¶70
三日目、娘はクー・フリンに助言を与えた。もし彼がここにやって来たのが勇猛さを示すためならば、スカーサハが二人の息子クアルとケットに武芸を教えている大きなイチイの樹の中に彼女が寝ているときに〈英雄の鮭跳び〉で向かうべきだと。そうして、彼はスカーサハの二つの乳房の間に剣を置いた、彼女が三つの願いを叶えるまで。その願いとは、手を抜くことなく武芸を教えること、持参金の支払いなしにウアサハと結婚すること、そしてまた、スカーサハが予知者だったため、これから待ち受けること全てを教えること、であった。
¶71
それからクー・フリンはスカーサハのいる場所へ行った。彼は妙技のかご(意味不明)の両端に両足を乗せ、剣を抜き、彼女の心臓の前に切っ先を突き付け、こう言い放った。
「あなたに死を」と彼は言った。
「私からお前に三つの願いを(叶えてやろう)」(すなわち三つの最上の願いを)と彼女は言った、「もし一息で言い切ればだが」
「できる」とクー・フリンは言った。
それで彼は彼女に約束した。異伝によれば、このときクー・フリンはスカーサハを浜辺へ連れて行き供に寝た。スカーサハが彼にこれから起こるあらゆる出来事を予知して唄ったのはこの時であり、このように言った――「ようこそ、美しき盾よ」……等々。しかしそのことはこの異説の後に語られてはいない。
¶72
それからウアサハはクー・フリンと供に寝た。そしてスカーサハが彼に武芸を、すなわち武器の使い方を教えた。彼がスカーサハとともに、そしてその娘ウアサハと仲良く、スカーサハの砦に滞在していたその頃、マンスターに住んでいたある優れた男が東へ向かっていた。それはアラマックの息子ノスの息子ルガズといい、優れた王であり、クー・フリンの友であり、里子兄弟でもあった。彼と、その配下にある王たちの12人の戦車戦士たちは、マク・ロサの戦士達の12人の娘に求婚するために東へ向かっていたのであった。娘たちはみな以前男たちに嫁に出されていた。その後、フォルガル・モナッハがこのことを聞きつけると、タラへ行き、ルガズに言った。美しさと貞淑さと針仕事において最高の娘が自分にはいる、と。それは都合が良い、とルガズは言った。するとフォルガルはその娘をこの王に嫁がせ、加えてブレグ平原の近在に居を構える12人のブリウグの12人の娘たちを、ルガズの下についている12人の王たちに嫁がせた。
¶73
ルガズ王が結婚式のためにフォルガルをともなって彼の野営地へとやって来た。それからエウェルがルガズのところに連れて来られ、その隣に座らされそうになったとき、彼女は彼の二つの頬を手で挟み、彼の名誉と人生の真実に自らを預け、そして彼女が愛するのはクー・フリンであり、彼(フォルガル)はそれに反対しており、彼女を娶る者は誰でも名誉を傷つけられる(と言った)。すると、ルガズはクー・フリンへの恐れからあえてエウェルと寝ようとはせず、自分の館への道を戻っていった。
スカーサハの宿敵アイフェとの戦い
¶74
さてその頃、スカーサハはある別の集団と争っており、その頂点に立つのが女王アイフェであった。戦いを仕掛けるために彼ら全員が集まり二隊に分かれた。クー・フリンは予め眠り薬を飲まされ、スカーサハによって縛られた。戦いに来られないように、そしてその場で彼に何事も起こらないようにである。彼女がそうしたのは用心のためである。その後クー・フリンはこの眠りから即座にパッと目覚めた。他の凡百の者であればこの眠り薬で二十四時間もの間眠り続けるものを、彼ときたらたったの一時間で目覚めたのだ。
¶75
それから彼はスカーサハの二人の息子とともにイルスアナッハの三人の息子のいるところへ出発した。その名前はクアル、ケット、クルフェであり、アイフェの三人の兵士であった。彼は一人でその三人に出くわし、彼らは彼の手によって倒れた。次の日戦いが開戦し、両者の部隊は二つの隊列が目と鼻の先にくるまで近づいた。エーシュ・エーンヒェンの三人の息子――キリとビリとブラクネという、アイフェの別の三人の兵士――もまた出撃し、スカーサハの二人の息子に攻撃を仕掛けた。彼らは〈妙技の道〉を進んだ。スカーサハはそれに溜息をついた。なぜならばそこは何が出てくるかわからないからである。その三人に対して、彼女の息子は二人しかおらず、三人目の戦士はいないからだ。そしてまた彼女はアイフェを恐れてもいた。なぜならば、彼女は世界で最も恐るべき女戦士だからである。そこでクー・フリンが彼女の二人の息子のところにやってきて、その道を跳んでいき、そこでその三人が彼に遭遇し、彼の手にかかって死んだ。
¶76
アイフェはスカーサハに戦いを申し込んだ。クー・フリンはアイフェのところへ行き、これまでにアイフェの愛が最も大きかったものは何か、と質問した。スカーサハは次のように言った。「彼女の愛が最も大きかったものは」、と彼女は言った、「彼女の二頭の馬と、戦車と、戦車の御者だ」クー・フリンとアイフェは〈妙技の道〉を行き、そこで戦い始めた。アイフェはクー・フリンの武器を断ち切り、その結果彼の剣は拳よりも短くなってしまった。そこでクー・フリンはこう言った。「あっ!」と彼は言った、「アイフェの御者と二頭の馬と戦車が谷の下に落ちて、みんなダメになってしまった!」アイフェはすぐにそちらを見た。クー・フリンはすぐに彼女に近づき、彼女の二つの乳房を掴み、荷物のように担ぎ、そしてクー・フリンは自分自身の軍勢のところへ行った。彼は彼女を肩から地面にたたきつけ、抜き身の剣を彼女の上にかざした。するとアイフェが次のように言った。
「命には命で報いるものだ、クー・フリンよ!」と彼女は言った。
「俺の三つの願いを叶えろ」と彼は言った。
「お前が一息で言い切れば叶うだろう」と彼女は言った。
「これが俺の三つの願いだ」と彼は言った、「スカーサハに人質を与え今後彼女に攻撃しないこと、お前の野営地の前で俺と一夜をともにすること、そして俺に息子をもうけることだ」
「全てそうすると認めよう」と彼女は言った。そしてそのように行われた。
そしてクー・フリンはアイフェとともに行き、その夜をともにした。その後彼女は言った、自分は妊娠していて、息子を産むだろうと。「私は息子を七年後にエーリゥに送る」と彼女は言った、「それで、息子に名前を残してやってくれ」クー・フリンは彼に黄金の指輪を残した。そして彼女に言った、その指輪が指にぴったりはまるようになったら、自分を探してエーリゥに来させろ、と。そしてこうも言った、その子に付ける名前はコンラだ、と。そしてまた次のようにも言った、その子は自分自身のことを誰にも知らせないこと、いかなる者にも道を譲らないこと、いかなる者の挑戦も断ってはいけないこと。
¶77
その後クー・フリンは再び自分自身の仲間たちのところに戻り、同じ道を行った。そうすると、彼はその道で左目が盲の老婆に出会った。老婆は彼に、自分の道を塞がない寛大さを求めた。彼は言った、足下にある岸壁を除いては、自分の側に退く場所はない、と。彼女は道を譲ることを請い求めた。彼は老婆に道を譲ったが、崖に爪先だけが引っ掛かっていた。老婆が彼の傍らを通ったとき、彼を崖下に突き落とさんがため、親指を踏みつけた。彼はそれに気づき、〈英雄の鮭跳び〉で跳び上がり、老婆の頭を蹴りで刎ねた。その老婆は、最後に彼の手によって倒れた三人の英雄――すなわちエーシュ・エーンヒェンの三人の息子――の母親であり、彼を殺すためにやって来たのであった。それからその軍勢はスカーサハとともに彼女の領地まで戻り、アイフェからスカーサハに人質が与えられ、クー・フリンは傷の回復のためしばらく安静に過ごした。
女戦士スカーサハの下での修行
¶78
スカーサハからクー・フリンへの武術――〈リンゴの妙技〉、〈雷の妙技〉、〈刃の妙技〉、〈盾の妙技〉、〈投槍の妙技〉、〈縄の妙技〉、〈胴の妙技〉、〈猫の妙技〉、〈英雄の鮭跳び〉、〈棒投げの妙技〉、天高くの跳躍、気高い戦車戦士の方向転換、〈ガイ・ボルガ〉、勇敢な牡牛、〈車輪の妙技〉、〈病の妙技〉、〈呼吸の妙技〉、轟く叫び声、英雄の叫び声、狙いすました一撃、反撃の一撃、芝土の一撃、武器に足をかけて登り真っ直ぐ立つ技、鎌のついた戦車、槍の切っ先に戦士の体を縛り付ける技――の伝授が全て終わると、彼に国へ帰るよう要請が届き、彼は辞去した。スカーサハは彼に待ち受ける運命を語った。彼女は詩人の持つ予知の力によって彼に唄った。それゆえ彼に次の言葉を彼女は発した。
¶79
ようこそ、美しき盾よ……云々。(このパラグラフはあまりにも難しく、先行の訳にも訳文が存在しないため、本稿でも翻訳していない)