アイルランドの異教的伝承「エウェルへの求婚」(アルスター物語群)⑥:¶56~66
私が翻訳したアイルランドの異教的伝承「エウェルへの求婚」(Tochmarc Emire) をここに掲載していきます。
今回は、エウェルに求婚したクー・フリンがエウィン・ウァハに戻り、エウェルの父フォルガル・モナッハの計略によって修行の旅に出るくだりです。彼はドウナルとスカーサハという二人の戦士に師事する予定で、今回はドウナルのところで修行し、その後スカーサハの砦への旅までを含みます。
エウェルの父フォルガル・モナッハがクー・フリンを陥れる
¶56
クー・フリンは戦車を駆って進み、その夜はエウィン・ウァハで眠った。また乙女たちは素晴らしい戦車に乗ってやって来たかの若き戦士達のことを、そして彼らとエウェルとの間になされた会話とをブリウグたちに伝えた。その会話が二人の間で何を意味していたか、彼女らにはわからなかった。そして彼が彼女たちのもとからブレグ平原を渡って北へ取って返したことも。そしてブリウグたちはフォルガル・モナッハにそれを伝え、かの乙女は彼と話した。「本当だな」とフォルガル・モナッハは言った、「あのエウィン・ウァハから来た歪んだ男が、エウェルと話すためにここに来て、この娘がそいつに懸想したことは。そして二人がお互いに話したのはそれが理由だ。しかしそれはあの二人にとっては無駄だ」と彼は言った。「俺はそれを阻む、あの二人が望むことが叶わないないように」
¶57
それから、フォルガル・モナッハはガリア人の身なりでエウィン・ウァハに向かった。その様子は、あたかもガリア人の王がコンホヴァル王と会談をして、白い肌のガリア人の金製品やその他の宝物を捧げに来たかのようであった。彼らの人数は全部で3人であった。彼らは大いに歓迎された。彼は三日目に家臣たちを追い払い、クー・フリンとコナルと他のアルスターの主だった戦車戦士達を賞賛した。彼は言った、その称賛は真実だ、そして戦車戦士たちの技芸は素晴らしい、と。また、しかしクー・フリンのみは、アルバの〈戦士〉ドウナルのところへ行けば、その技はより磨かれる。そして戦士としての技をスカーサハに学びに行けば、彼はヨーロッパ中の戦士をしのぐ者になるだろう、とも言った。しかし、彼がその修行をクー・フリンに押し付けたのは、彼が二度と戻って来ないようにするためであった。なぜならば、彼にはこう思われたからである。クー・フリンが彼女と友誼を結べば、向こうにいる戦車戦士の熱情としかるべからざる愛とのため、彼は死を得、そうして自分はクー・フリンより有利になると。
¶58
クー・フリンはそこに行くことを受け入れ、フォルガルはその時自分が行くことを自分自身に約した。それから、クー・フリンに欲しがるものを押しつけて、フォルガルはそこを去っていった。フォルガルは自分の館へ行き、翌日戦士達は立ち上がり、自分たちが予め決めた事をしに行った。クー・フリン、ロイガレ・ブアダハ、コンホヴァルは出発し、人数の禁忌ゆえにコナル・ケルナッハが彼らと同行した。
¶59
それからクー・フリンはかの乙女エウェルを訪ねるために〈ブレグの平原〉を渡って行った。そして彼は、小舟に乗って出かける前に、エウェルと話した。この乙女は彼に言った、エウェルと彼とが会うことのないようにするため、エウィンで彼が武術の修行に行くよう望んだのは、フォルガルであった、と。また彼女は彼に気を付けるよう言った、さもなければクー・フリンが出くわすであろうあらゆる道が彼を殺しにかかる、と。ともに再び会う時まで、どちらか一方がそのために死を得ることのない限り、二人は互いに己の純潔を守ることを約束した。二人は互いに別れを言い、彼はアルバに向かった。
クー・フリンらが〈戦士〉ドウナルのもとで修行する
¶60
彼らがドウナルのところにたどり着いた後、あるときは彼に、穴の底の敷石の上に乗り、その下の正方形のふいごを吹くよう指示された。彼らはそうした、踵が黒く、あるいは青黒くなるまで。またあるときは槍について、それらの質に等級を付け、その上で技を披露し(つまり槍の穂先に戦士の身体を縛り付け)、またその柄の上で技を行った。その後、ドウナルの手の大きな娘、その名ドルノルがクー・フリンへの恋に落ちた。その姿は恐ろしかった。膝は大きく、その踵は体の前方にあり、足は後方にあった。頭には灰褐色の大きな目。その顔貌は烏玉の髪のごとく黒い。その顔の上にはとても硬い額。とてもぼさぼさの赤茶色の髪は房になって頭のまわりにまとわりつく。クー・フリンは彼女との供寝を拒絶した。すると彼女はこの仕打ちに対する復讐を約束した。ドウナルは言った、クー・フリンに教えることはもはやないため、アルバの東に住むスカーサハのところへ行け、と。四人、すなわちクー・フリン、アルスターの王コンホヴァル、コナル・ケルナッハ、ロイガレ・ブアダハはアルバを通り過ぎてそこへ向かった。その時のことであった。エウィン・ウァハが彼らの眼前に現れたのである。コンホヴァル、コナル、ロイガレにはそれを避けて通ることはできなかった。ドウナルの娘がクー・フリンを切り離し、彼を破滅させんとして彼らに幻影を見せたのだ。
¶61
他の伝承の言い伝えるところによれば、彼らが進路を曲げるようにするために幻を見せたのはフォルガル・モナッハであったとのことである。クー・フリンが進路を変えればそれにより不名誉となるため、彼はエウィン・ウァハにおいて自らに誓ったことを果たせなくなるのである。そしてまた彼は偶然に武術を学びに東へ行くことになる。ありふれた武術、また奇異なる武術を。それゆえにこそ、一人でいるがために彼が死ぬ望みもあるのだと。
クー・フリンが女戦士スカーサハを探す
¶62
クー・フリンは己の意志で不確かで見知らぬ道を行った。あの娘の力は薄気味が悪かったからである。そして同行者を引き離すことで彼を傷つける目論見は達成されつつあるのである。その後クー・フリンがアルバを通っているとき、友の不在のために彼は悲しく疲れてきた。そして彼は、どこにスカーサハを探しに行けばよいか知らなかったのだ。彼は友に誓ったのだ、スカーサハのもとへたどり着くまで、さもなくば死ぬまで、エウィンに引き返さないと。それから彼は、己の放浪と不案内とに気付いたとき、悲しみと疲労のため立ち止まった
¶63
彼がそこにいると、獅子のような大きな恐ろしい獣が向かってくるのが見えた。それは彼を見守り、傷つけることはなかった。それからどの道を彼が行こうとも、その獣は彼の前を行き、さらに脇腹を見せさえした。クー・フリンは跳び、獣の肩の間に収まった。彼は獣を御しはせず、ただその望むままに歩かせた。彼らはそのようにして四日間進み、偶然に人の住む境界と島に行き会った。その島の池では若者たちが舟を濃いでいた。彼らは、恐ろしい獣が人に服従しているということの奇妙さに笑った。クー・フリンはすぐに獣から飛び降り、獣と別れ、それに別れの挨拶をした。
¶64
そして彼はそこを立ち去り、大きな谷で大きな館に行きあった。そこで彼は美しい娘に出会った。娘は彼に挨拶し、彼を歓迎した。「あなたの来訪を歓迎します、クー・フリン」と彼女は言った。彼は、どうして自分を知っているのかと尋ねた。彼女は、自分たち二人は、サクソン人のウルベカーンのもとで、ともに仲の良い里子どうしであった、と言った。「私たちがそこにいたとき、あなたは彼について、甘やかなる話し方の修行をしていました」と彼女は言った。乙女は彼に飲み物と食べ物を与え、それから彼は彼女のもとから踵を返した。
¶65
今度は、彼は驚くべき戦士に出会った。彼はクー・フリンに同じ挨拶をした。彼らはお互いに応えた。クー・フリンは彼に、スカーサハの砦がどこにあるか尋ねた。この戦士は、この先にある不吉な平原について教えた。その平原の半分では、足がくっついて、人は動けなくなってしまう。そのもう半分では、草が持ち上がり、そこを渡る人は草の先端に立ち往生してしまう。その戦士は彼に車輪を渡し、平原の半分を渡るには、その車輪の跡を走れ、そうすれば足がくっつかない、と彼に言った。また彼はリンゴを渡し、それが通った後の地面を通れ、そうすれば平原の向こう側にたどり着く、と言った。彼は言われたとおりに平原を渡って行き、それからさらに進んで行た。戦士はさらに彼に言った、前方に大きな谷と、それを貫く一本の細い道があり、そこはクー・フリンを殺すべくフォルガルによって送り込まれた怪物でいっぱいであり、そしてその道は、さらに石だらけの恐ろしい高地を通り、スカーサハの館へと通ずる道だ、と。
¶66
それからクー・フリンとその戦士は互いを祝福した。戦士の名はエオフ・バルヒェといい、スカーサハの館で名誉を勝ち取る方法を教えたのは彼であった。この同じ戦士はまた、彼が〈クアルンゲの牛捕り〉で経験する戦いと苦難とを予言した。彼はさらに、エーリゥの男たちに対して彼が行う凶事と征伐と戦いのことを彼に物語った。