ガールミーツミザリー
あれは、まだ私が中学生の頃だった。
私のクラスの担任は、体育教師のJ先生。
小学校卒業間近、中学生の兄や姉がいる同級生から、めちゃくちゃ怖い先生がいるらしい、という噂を聞かされていた。
私や同級生は、まだ見ぬその先生の姿を想像し、怯えた。
その怖いと噂の先生こそ、我らが担任J先生だった。
先生は縦にも横にも大きくて、貫禄大ありという感じだった。声も低くて、ぼそぼそ喋る。
我々生徒が忘れ物をしたり、何かやらかすと、エルボーをかけられたのも覚えている。
軽くゴツンくらいだったけど、はたから見ていてちょっとびびった。
そのJ先生が、道徳か学活の授業のときに、「今日は映画を観るぞ」とDVDを持ってきた。
我々生徒は、大喜びだ。
なんの映画を観るんだろう。
今まで授業でみるものは、だいたい教育系か、感動ものだった。
今回もそんな感じかな、と思いきや、ちょっと違う感じがする。
洋画で、なんだか山奥の家みたいなところが舞台だった。
主人公のおじさんは、物を書く仕事らしい。
そこに、エプロン姿の中年の女性がやってくる。
話の詳細は、もう朧げだ。
だけど、その中年の女性が途中から豹変して、物書きのおじさんを、めためたに追い詰めていくのだ。
女性が、ベッドに寝ているおじさんの足を、棒かなんかでバシバシ叩いて、おじさんが悲鳴をあげていたシーンは、いまだに覚えている。
おじさんが痛そうで、かわいそうで、早く助けよ来い!と思いながら観ていた。
クラスの男の子たちも、「やべえ、こえー」と騒ぎながら観ていた。
結局、映画を最後まで観たのか、時間が足りずに途中で終わってしまったのかは記憶にない。
だけど、半ば強制的に教室で観るのではなくて、家であの映画を観たんだったら、多分タイトルも覚えていたか怪しかったと思う。
なんで、先生は、あの映画をチョイスしたんだろうか。全く教育的なストーリーではなかった。
ただ単に先生の趣味だったのか、我々生徒に、なんか伝えたいことがあったのか。
きいてみれば良かったかもしれないけど、私は当時からコミュニケーションに積極的なタイプでは無かったし、映画も今ほど好きというわけではなかった。
今振り返っても、J先生は、入学前の我々がビビっていたほど、怖い先生でも嫌な先生でもなかったような気がしている。
ちょっと変わった先生ではあったかもしれないけど。
私の父が、有名な俳優さんと同じ名前なので、私も時々その俳優さんの名前で呼ばれたことは覚えている。先生なりのジョークだったんだろう。
あとは、三者面談か何かの時「先生が、お前に、もっとがむしゃらにやれよ、と言っていたよ」と父に聞かされたくらいだ。
このことは、なんだか今でもたまに思い出す。
先生とは、中学を卒業してそれきりだ。
中学時代にあまり楽しい思い出もないし、卒業後に、わざわざ母校を訪問しようという気にもならなかった。
数年前、母から、「あんたの担任だった、J先生、亡くなったらしいよ」ときかされた。
まだ若いのにな、と思ったけど、特別感傷的な気分にもならなかった。
冷たいと思われるかもしれないけど、卒業してから十数年会っていないのだ。
そんなこと言われても、先生がもういないという実感がわかなかった。
だけど、もし先生が生きていたら、何十年後かの同窓会かなにかで、あの時、なんでミザリーだったんですか、と聞いてみたかったな、と少しだけ思う。
答え合わせは、もう永遠にできない。