PAリレー対談~ルール形成の現場から(4)日本のビジネスと人権、どう取り組む?【後編】佐藤暁子さん(弁護士)
オズマピーアールは2020年6月より、多摩大学ルール形成戦略研究所と業務提携し、ルール形成市場のさらなる拡大と深化に向けて活動を進めています。社会構造の変容が急激に進み、それに伴うルール形成があらゆる分野で課題となっている今、新たな市場を作るためのパブリックアフェアーズへの関心はますます高まっています。
第4回はビジネスと人権に関する活動を多岐にわたって実践している佐藤暁子弁護士をお迎えしました。日本企業で人権問題への取り組みが喫緊の課題であることを指摘された前編に続き、企業や生活者がどのように人権問題への意識を高め行動を起こしていくべきか、弊社パブリック・アフェアーズチーム 入澤綾子がさらに具体的にうかがっていきます。
人権デューデリジェンスの肝はまず指針を出すこと、そして社内で議論すること
入澤綾子(以下、入澤):ここ数年で「人権デューデリジェンス(※)」に関する報道が急激に増えている印象があります。
佐藤暁子(以下、佐藤):その背景には、グローバルマーケットにおいて先進企業が人権デューデリジェンスに取り組むようになってきたことがあります。残念ながら自主的にではなく、NGOから指摘されたのが契機になっていることが多いですが、それでも「自分たちには関係ありません」というのではなく、自分たちが目指す社会を見据えて、問題に向き合い解消していくことを選びました。
そういったリーディングカンパニーの行動が今後スタンダードになっていくので、日本の同業種企業もそれにならって人権デューデリジェンスに取り組む動きが出てきています。日本企業自体がNGOに指摘されたことも、もちろんあります。
また、東京オリンピック・パラリンピックでも、持続可能な調達行動の指針が示されました。オリパラにかかわった企業は多く、そこで人権デューデリジェンスについて知るきっかけを得た企業も多いのではないでしょうか。
入澤:人権デューデリジェンスといっても具体的にイメージできない人も多いと思います。そのプロセスについて教えていただけますか。
佐藤:決まった型があるわけではなく、それぞれの企業のチーム体制や産業構造、サプライチェーンの展開先によっても異なりますが、土台となるプロセスをご紹介します。
まず最初にやるべきなのは「指針を出すこと」です。「今後のさまざまな経営判断において人権を中核に据えます」という意志を、トップ自らが社内にも対外的にも発信することが重要だと私は考えています。
私自身、ビジネス人権に取り組み始めた当初は、方針をつくるという抽象的なことがどういう意味をもつのか、あまりピンときていませんでした。しかし活動を通じて、トップが「これをやるんだ」と明確にゴーサインを出しているか否か、その覚悟を自覚しているかどうかは、あとに続く取り組みのスピード感や、現場の担当者の苦労の大きさにかかわってくることを実感しています。実際に問題がクローズアップされた際にも、経営判断や行動に違いが出てくるのは明らかです。このプロセスは、ぜひ大事にしていただきたいと思います。
次のステップは、自社のサプライチェーン、バリューチェーンを洗い出すことです。サプライチェーンにかかわるステークホルダーを一覧で出してみて、そこにどんな人権リスクがあり得るかを考えます。顕在化も潜在的なものもあるので、起こりうるリスクはとりあえず全部出します。ここであまり正しい方法論を追求する必要はありません。大切なのは、社内で、皆さんで議論していただくことです。
入澤:社内に知見がないと、どうしても外部のコンサルティングを依頼したくなりますが。
佐藤:もちろん外部の知見を得ることも必要ですが、できれば外部に丸投げはやめていただきたいと思います。
洗い出しの過程を共有しないでアウトプットだけ報告をもらっても、のちのちの継続性がないんです。人権デューデリジェンスは1回やれば終わりではなく、日々、恒常的に続けていくものです。新規開発をすれば新しい業務や取引が発生しますが、プロセスを体感していないと、いざ自分たちでやろうとしてもつまずいてしまいます。表面的な取り組みで終わらせないためにも、ぜひ自分たちで議論をしてみていただきたいです。
入澤:人権デューデリジェンスは第三者からのお墨付きではなく、自分たちで洗い出して、見つけて、改善していく、そのプロセスが大切なんですね。
NPO、NGOとのかかわりで社内にない視点のインプットができる
入澤:今後は人権を含めてサステナビリティに取り組むポジションも、企業内には必須になってきますね。
佐藤:おっしゃるとおりです。「外部に丸投げしないでください」と言いましたが、その前提として社内にきちんとキャパシティのある人材を置くのがセットになります。人権は分野横断的でひとつの部署にとどまるものではなく、日々状況も動くので、専属で見る人がいないと難しいと思います。
入澤: NPOやNGOとはどのように連携していくと良いのでしょうか。
佐藤:人権デューデリジェンスのプロセスでは、ステークホルダーとの対話が大切です。B to Cでたとえると、自社の製品やサービスが使いやすいか、それによって傷ついている人はいないかなど、もともとマーケティングの一環としてリサーチしていると思います。しかしさらに、障害のある人にとってはどうか、というところまでは調査していない企業も多いのではないでしょうか。障害者の方が使いにくい製品・サービスであったとしたら、それは障害者に対する合理的な配慮が十分でない、もっといえば差別的な対応になっていることもあり得るわけです。
こういったマイノリティの声を把握するのは、自分たちだけの取り組みでは難しい面もあります。その際には、あるテーマについて取り組んでいる外部のNPOやNGOと対話することで、欠けている視点をインプットしてもらうことができます。
その結果、これまでリーチできていなかった層にも製品やサービスを届けることができるようになれば、ビジネスの拡大にもつながります。そんなふうに、社会的価値の創造と人権の実現は、同じ方向を向いて取り組めるものなのではないかと思います。
リスクのない企業活動はない。葛藤しながらより良い社会を作っていくことを考えよう
入澤:私たちPRに携わる人間としては、企業の取り組みとそれに伴うメッセージ発信については非常に関心を寄せているところです。最近ではメディアからトップに対する質問の質も変わってきていて、業績や事業方針だけでなく、社会で起きているさまざまな問題についてどう受け止めているか問うものも増えています。
人権リスクがゼロの企業活動はあり得ませんし、「何も心配することはありません」と企業が発信するのも誠意がある姿勢とは言えません。その一方で、トップの発言はネガティブな部分だけ取り上げられてしまう傾向があるのも事実です。そういう状況の中で、企業が情報発信していくにあたってはどんな姿勢が望ましいとお考えですか。
佐藤:最も良くないのは、難しいことだから、政治的なことだからと思考停止してしまう態度だと思います。
人権に関して先進的な企業のトップを見ていると、「私たちはすべてを解決しました」などとは一言も言っていません。アウトドアブランドのパタゴニアが自社サイトで「自分たちは今まで先住民の権利を侵害してきたことに無自覚であったが、これからはよりインクルーシブなビジネスモデルにしていきたい」という趣旨の声明を出していたのは印象的でした。
人権問題は非常に複雑ですし、社会の中に根深く入り込んでいて簡単に取り除くことはできません。自分たちがその問題にどこかで加担してしまっていること自体はオープンにしながらも、それでもより良い社会にしていくために自分たちに何ができるのか、皆さんと一緒に何をしていけるのかを考えていくことが大切です。葛藤と、チャレンジと、コラボレーションの呼びかけを、もっと日本企業にも発信してほしいと思います。
生活者の力も企業が人権問題に取り組む推進力になる
入澤:私自身、いち生活者として、人権侵害が明るみに出たという報道などを見ながら、このままではいけない、生活者としてできることはないのだろうかと思うこともしばしばです。一般の生活者が空気をつくって企業に対してある程度の強制力をもち、人権への取り組み方を変えていくこともできるのでしょうか。
佐藤:私も人権保護活動に携わっていて、どう具体的なアクションに結びつけられるのか、すごく悩むところでもあります。ひとつのアクションとして不買運動が挙げられますが、それが常にベストな方法であるかは考える必要がありますし、現実的に不買が難しい人もいます。たとえば二つの製品があったときに、値段は高いけれどもきちんと人権に配慮したものを選ぶというのは、ある社会的特権をもつ人だけができることであり、それができないからといって自責を負うことになる社会は誤っていると思います。
しかし人権に対する意識をもつということ、それ自体は意義があります。アパレル企業がリユース、リサイクルを積極的にしたり、店舗でサプライチェーンに関するコンテンツを発信したりするのも、良い取り組みだと思います。先日もある店舗の壁のモニターに、ベトナムの工場での生産風景の映像が流れているのを見て、思わず店員さんに「こういうの、すごくいいですね」と声をかけました。
たとえばサステナブルなコットンを使用した服を見つけたら「こういうのいいですね」と、店員さんとの会話の中でぜひ伝えていってほしいですね。そうすれば、評判がいいからと以降の製品にもさらに映されるようになる。そういう積み重ねが変化をもたらすのだと思います。不買運動の逆で、「ボイコット」ではなく「バイコット」でしょうか。スーパーで売られている商品にも、さまざまな認証が少しずつですが増えているので、家族と一緒に気をつけてチェックして、会話をしてみるというのも良いと思います。
どちらも採れる選択肢であればより良いものを採る、発信もしていくという、できる範囲で全然構わないんです。自分の中の0.1パーセントでもより良い選択に割いていって、全員の0.1パーセントを集めればすごいボリュームになります。私も規範的な生活をしているとは到底言えず、悩みながらですが、皆さんと一緒にアクションに結びつけられるといいなと思っています。
入澤:私はチョコレートが好きなんですが、カカオ豆の生産には児童労働問題をはじめ多くの人権や資源の問題が紐づいています。最近ではビーン・トゥ・バーなど、チョコレートができる最初のプロセスからきちんと見えるようにしている企業やお店も増えています。そういうお店には好感や安心感をもつことができ、いい買い物したな、また来ようと思うんです。「消費者に見えるコミュニケーション」ができる企業であることが大切ですね。
佐藤:農産物で「生産者の顔が見える」という情報発信はよく見かけますね。こういう取り組みを加工品や工業製品にももっと広げて、どんどん見える化してほしいですね。可視化することで会話が生まれ、企業、消費者双方の意識が高まると思います。
企業の方に意識していただきたいのは、「消費者の意識が高くないのでできません、売れないのでできません」といった逃げの姿勢は責任の押しつけだということです。むしろ消費者の意識を変えるくらいの気概をもって取り組んでいただきたいですし、すでに実践している企業もありますから。
そこは発想の転換が必要です。そういう場面で、PRに携わるプロが入り、今までのようなサービスの質だけにフォーカスするのではなく、裏では人権にも配慮した企業活動をしている点をもっと発信していくようアドバイスしていくことが大切だと思います。
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