PAリレー対談~ルール形成の現場から(1)今、求められるルール形成戦略【後編】國分俊史氏(多摩大学ルール形成戦略研究所 所長)
環境、人権、ジェンダーなど取り組むべき社会課題が山積する中で、ポリシーセクターやソーシャルセクターといった非市場領域と連携し、社会課題解決力を内包したビジネスモデルへの変革を提唱するソリューション「ルール形成」が今、注目されています。
私たちオズマピーアールでも、パブリックアフェアーズ(PA)を担当する専門チームを立ち上げ、PAとPRを掛け合わせた「ルール形成コミュニケーション」(https://ozma.co.jp/publicaffairs/)の提供を開始しています。
今回、経営におけるルール形成の必要性をより多くの方にお伝えしようと、弊社PAチームのメンバーがホストとなり、ルール形成の最前線で活躍されている方々をゲストに迎えた対談コラムを複数回に渡ってお届けします。1回目は多摩大学ルール形成戦略研究所の國分俊史所長と弊社井上が「ルール形成戦略」について語り合います。
【対談】
國分俊史 氏(多摩大学ルール形成戦略研究所 所長)
井上優介(オズマピーアール パブリックアフェアーズチーム/
多摩大学ルール形成戦略研究所客員研究員)
國分 俊史 所長
多摩大学大学院 教授 ルール形成戦略研究所所長、パシフィックフォーラム シニアフェロー、EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 Strategic Impact Unit リードパートナー、「自由民主党 新国際秩序創造戦略本部」アドバイザー(2020年9月30日まで)。
早稲田大学大学院公共経営研究科修了。IT企業の経営企画、シンクタンク、米国系戦略ファームA.T. カーニー プリンシパル、米国系会計ファーム ヴァイスプレジデントパートナー(2018年11月末にて退任)を歴任。 社会課題および経済安全保障政策を起点としたルール形成戦略の第一人者として通商政策の立案や政・産・官・学によるイシューエコシステム作り、各国の経済安全保障政策に翻弄されない企業戦略の立案を支援。また、経済安全保障政策に関する政府の委員や政務調査会、議員連盟のアドバイザーを多数歴任。ルール形成戦略研究所の創設者として世界各国の政府高官、インテリジェンス機関、シンクタンクとのネットワーク構築による日本のルール形成戦略力の多元化、減少傾向にある日本の安全保障政策の研究者の育成と就業機会の創出にまで取り組んでいる。
日本も直面する経済安全保障
井上:ルール形成戦略研究所において、社会課題解決とともに軸になっている経済安全保障(経済安保)の視点についてもうかがいます。
民主主義国と権威主義国の対立が高まっている中、日本にとっても経済安全保障の重要性は高まっています。しかし国内の企業では、経済安全保障の対策は社会的責任であるという意識が希薄なのが現状です。この点についてどのようにお考えですか。
國分:もともと日本では、経営者が経済安全保障という言葉自体を忌避してしまい、議論がしにくい土壌がありました。
最近でこそ新聞で見かけない日はないほど、経済安全保障という言葉が浸透していますが、少し前までは、ビジネスと遠いやや怖い言葉という印象があったのは事実です。
また日本企業は、国に対する帰属意識が薄いというのもあります。アメリカでは、アメリカ企業であるということ自体が大きなブランドになっています。グローバル企業の地球規模での活動は米軍の軍事的なパワーによって安全が担保されているという前提の中で企業が活動していますから、国の安全保障は自分たちが利益を上げていくためには極めて重要なプラットフォームであるという意識があるのです。
これに対して日本の戦後の安全保障の基本方針は、「他国に警戒されないための行動制限」をメンタリティとして展開されて来ています。しかし、近年は民主主義陣営と権威主義陣営の対立が激化し、経済安全保障政策によって国家間の闘争が始まったことを受けて、日本でも経済安保について取り組まざるを得なくなってきています。そういう意味では、今、日本には、経済安保について正面から議論ができる初めての時代が到来しているといえます。
広く捉えれば経済安全保障も社会課題のひとつですが、私たちは、イシューの起源が経済安保にあるのか、いわゆる純粋な社会課題にあるのかで分けて考える必要があると捉えています。なぜかというと、安全保障の場合は、「国防は経済に優先する」という経済合理性を蔑ろにする国家の強い意思が働くため、将来予測が合理的なロジックではできなくなり、非連続な変化に備える必要に迫られるからです。
井上:確かに國分先生はよく「経済安保は経済合理性を超える」と仰っていますね。
國分:たとえばアメリカでは気候変動問題について、安全保障上の問題になるのか否かを2006年ごろからインテリジェンス機関に分析させていました。最初のレポートでは、間接的な影響しかないという報告だったため、政権が変わるたびに政策がぶれていたわけです。ところが2018年、「気候変動問題には安全保障として対処すべきである」と最終的に結論づけられたことにより、風向きは大きく変わりました。これから政権を握るのが民主党、共和党いずれであっても、取り組みの方向が変わることはありません。
このように、(経済)安全保障起点になった途端に、ルール形成の推進力は圧倒的に強まります。この区別がつかないと、ルール形成のパワーや方向性の予測を誤ることになります。
経営者はみずからがルール形成を担う自覚が必要
井上:これまでの日本では、企業活動はまず規制ありきで、規制に従う中で利益を追求していました。ビジネスを取り巻く環境が大きく変化し、みずからルール形成を担う必要に迫られる中、企業はこれまでと異なるマインドセットで経営の舵取りをしていく必要がありますね。
國分:かつては、技術開発の方向性やそれに伴って生じる問題に対して官庁が予見可能だったため、官のほうから先手を打って規制を整備していきました。
しかし今は、デジタルイノベーションが産業横断的に急激に進むあまり、民間企業の技術の活用にどんなリスクが潜み、次にどんな社会課題が生まれてくるのか、縦割りの官では予測してルールを作っていくことは難しくなっています。そうなると、民間が先行して自主ルールを作り、それを官庁が後から正式なルールにしていくという順序の逆転にならざるを得なくなってきます。
井上:かつての護送船団方式は通用しなくなっているのですね。
國分:こういった新しい社会で求められているのは、民間企業がみずから、社会の秩序の形成者でもあるのだという認識の下に、自主的に規制を作っていくという姿勢です。たとえコストになるとしても将来に社会課題になる懸念事項を能動的に創造し、先手を打った製品やサービスの提供を自らに課す。そして、そうした行動を業界全体の慣習へと導き、業界全体のモラルを引き上げていく。国は民間で行われている最も高い自主規制を正式なルールとして採用していく。そういう循環を創りだすことが、今必要とされている経営哲学です。
既存のルールに準拠していればいいだろうというだけでは無責任だという論調が世界的に高まっています。規制に先行して、世の中で取り沙汰されている懸念事項に配慮し、市民に安心できる社会環境を提供していけるように社会システムを改革していく経営が問われているのです。
井上:前回、「頭を使って人間的な経営を目指すことが重要」とおっしゃっていましたが、ここでもやはり人間的な配慮の観点が求められますね。
國分:その通りです。社会課題の解決にコストを割く、自主的に規制を定めていくというのは、経済活動として非合理的なようでいて、実はこれからの世界を見据えた場合には合理的な選択であるといえます。
コストを限界まで下げようとすれば、人権や環境保全を無視した生産活動をすればいいということになります。そうではなくて、いかに人間としてのジャッジと経済合理性のバランスをとるか、その配慮の規範を形にすることがルール形成なのです。
PRセクションが経営者の情報参謀として機能していくには
井上:私たちパブリックリレーションズに携わる者は、経営者の情報参謀としても機能していくべきだと考えています。ルールメイキングにおいては、社会の目線と経営者の目線を合わせていくところに、私たちの重要な役割があるのではないかと考えているのですが。
國分:そうですね。社会の期待と、企業が考えていることの情報ギャップを埋め、企業が社会からどう見られているのか、次の行動はどうすべきかを提案し続けることが重要です。特に、自主規制をデザインする場合、懸念に最大限配慮するのか、懸念を先取りするのかで、経営の仕方が大きく変わります。また、最大限配慮する部分と先取りする部分を混在させたビジネスモデルやサプライチェーンの構築が現実解となることを踏まえると、広報はこの判断を下せるかたちで社会のニーズを分析できる力が必要になるでしょう。単に広報活動を代わりに担うというのではなく、経営者に配慮と先取りの判断をきめ細かく促していく自主規制思考への改革をリードすべきですね。
井上:オズマピーアールとルール形成戦略研究所がタッグを組むことで、企業と社会の間で作られる自主規制の的確な線引きをリードしていきたいですね。
國分:コミュニケーション活動のコンサルティングから一段レイヤーを上げて、経営陣が高度なルールでの経営に挑む志と、高い自主規制のデザインを支援していくことが、新たな存在意義になると思います。
==================================
井上 優介
オズマグループ ピーアールコンビナート株式会社
パブリック・アフェアーズチーム
ルール形成戦略研究所客員研究員。 PRSJ認定PRプランナー。メディアのみならずソーシャルセクター・ポリシーセクターに広くネットワークを持ち、社会課題と企業・団体の課題を掛け合わせた「ルール形成戦略」 キャンペーンの立案・実施を得意とする。行政や地方自治体をはじめ、政党・NGO・日用品・食品・製薬・IT・商業施設など幅広い分野の戦略的コミュニケーションにおいてプロジェクトリーダーを務める。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?