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スポーツ×アート×メンタルヘルス:閉塞感をほどき、心をひらく実践

「メンタルヘルス」という言葉が広く知られるようになった一方で、それについて話すことにためらいを感じる人は少なくありません。特に、学校や職場といった環境では、「弱みを見せるべきではない」「他人に迷惑をかけるな」といった価値観が根強く、心理的な問題をオープンにすることが難しい場合があります。

こうした閉塞感を少しでも開くために、2021年に初めてアスリートと小学校の教師が連携し、子どもたちが自由に「心の健康」について学び、表現する機会を作るワークショップを実施しました。その当時の取り組みの意義を考察し、メンタルヘルスに関する偏見の解消、心理的な閉塞感の緩和、そして多様な価値観を受け入れる社会の形成について考えてみます。

メンタルヘルスの話が「しづらい」社会的背景

日本では、「メンタルヘルス=病気」「専門家に任せるべきもの」といった認識が依然として根強く、個人が積極的に心の健康について話す機会は限られています。さらに、学校やスポーツの現場では「強くあるべき」「精神力で乗り越えろ」といった価値観が暗黙のうちに求められ、心の問題を抱えたとしても「自分でなんとかするべき」という意識が生まれやすい環境があります。

こうした閉塞的な状況を少しでも変えるために、ワークショップでは、アスリートが自らの経験を語ることを中心に据えました。トップアスリートであってもストレスや不調を経験し、それを乗り越える過程で支え合いの重要性を学んできたことを話すことで、子どもたちに「メンタルヘルスの問題は特別なことではなく、誰にでも起こりうるもの」というメッセージを伝えました。

表現を通じて閉塞感を開く

メンタルヘルスに関する話題が「重い」「語りづらい」と感じられる背景には、言葉による表現の難しさも関係しています。自分の気持ちを的確に説明することは大人でも容易ではなく、特に児童期においては、言語化できない感情を抱え込んでしまうことが多々あります。

そこで、本ワークショップでは、絵の具を用いたアート表現を取り入れました。「今の気持ちを色や形で描いてみよう」と促すことで、言葉を使わずに自己表現する場を作り出しました。これは、自己理解を深めるだけでなく、心の内を表現することへの心理的なハードルを下げる効果も期待できます。

実際、子どもたちの中には「話すのは難しいけれど、絵なら表現できる」「今まで気づかなかったけれど、自分はこんな風に感じていたんだ」といった気づきを得たという声がありました。表現の自由度を広げることが、心理的な閉塞感を解放する一つの手段となり得るのです。

「助けを求めること」への心理的ハードルを下げる

日本では、メンタルヘルスに関する課題を抱えたときに「助けを求める」こと自体に大きな心理的ハードルがあると言われています。特に、男性や競技スポーツの世界では「自分の弱さを認めること」に対する抵抗感が強く、適切な支援を受けられないまま問題を深刻化させてしまうケースも少なくありません。

このワークショップでは、アスリート自身が「過去に助けを求めるのが難しかった経験」や「周囲に支えられることで乗り越えられた経験」を語ることで、子どもたちに「困ったときに話してもいい」「人に頼ることは悪いことではない」という価値観を伝えました。

「助けを求めることへの抵抗感」は、環境要因によって大きく左右されることが示唆されています。つまり、「メンタルヘルスについて話してもいい」「表現してもいい」という空気が醸成されることで、援助希求行動(help-seeking behavior)のハードルが下がる可能性があります。このような試みが、将来的に「困ったときに支え合える社会」の形成に寄与することが期待されます。

閉塞感を解放する文化を育てるために

今回のワークショップでは、アスリートの語りと芸術表現を組み合わせることで、心理的な閉塞感を和らげ、心の健康に対するオープンな対話の場を生み出すことを目指しました。

現在、この取り組みのモデル化を進めており、論文として提案中です。これがまとまり次第、スポーツ✖️アート✖️メンタルヘルスの融合による新たなアプローチを本格的に展開していこうと考えています。スポーツのもつ身体性、アートのもつ創造的表現、そしてメンタルヘルスの科学的知見を掛け合わせることで、より多くの人が心理的な閉塞感を解放し、適切に心のケアを行える社会の実現を目指します。

メンタルヘルスに関する話題は、重苦しくなりがちで、語ること自体に抵抗を感じる人も少なくありません。しかし、「心の健康」についての理解を深めることは、個人の問題解決だけでなく、社会全体の寛容性を高め、困ったときに支え合える環境を作ることにもつながります。

閉塞感を感じている人が「話してもいい」と思える社会へ。そのために、私たちができることは何か。この問いに向き合いながら、引き続き実践と研究を重ねていきたいと考えています。


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