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映画『VIVARIUM』感想

不動産屋に紹介された住宅地から抜け出せなくなったカップルの運命を描いたサスペンススリラー。新居を探すトムとジェマのカップルは、ふと足を踏み入れた不動産屋で、全く同じ家が建ち並ぶ住宅地「Yonder」を紹介される。内見を終えて帰ろうとすると、すぐ近くにいたはずの不動産屋の姿が見当たらない。2人で帰路につこうと車を走らせるが、周囲の景色は一向に変わらない。住宅地から抜け出せなくなり戸惑う彼らのもとに、段ボール箱が届く。中には誰の子かわからない赤ん坊が入っており、2人は訳も分からないまま世話をすることに。追い詰められた2人の精神は次第に崩壊していき……。

映画.com https://eiga.com/movie/94226/

 2021年公開のVIVARIUMという映画をU-NEXTで視聴した。超常的空間に閉じ込められて出ることができなくなったカップルのジェマ、トムと預けられた謎の赤ん坊。「子どもを育てれば解放される」というメッセージ。さてどうなってしまうのかというシチュエーションスリラー風の映画。最初視聴したときはスリラー要素を期待して肩透かしを食らってイマイチだったけど、見方を変えると面白いような気もしてきた。


https://www.youtube.com/watch?v=QAmkcjYd7lg

以下ネタバレ


肩透かしの展開

 最初視聴時にイマイチと感じた理由は、映画の展開の変化して結末が期待したものにならなかったから。序盤の展開は不可思議な住宅地から出れなくなり脱出を試みる中で、その空間の異常さがどんどん明らかになり、さらに謎の赤ん坊まで届けられるというシチュエーションスリラーらしい盛り上がりがある。だが中盤では打って変わり落ち着いた展開。閉じ込められて3ヶ月以上たちジェマとトムは半ば脱出を諦めやや険悪なムードで異常な成長速度で育っていく息子と家で生活する姿が目立った危機もなくゆっくりと描かれます。終盤、息子がやはり人間でないことを確信するジェマ、心身が衰弱して倒れるトム、他のVIVARIUMに同様に囚われていた人々の存在。ジェマとトムの死。不動産屋のマーティンを引き継ぐ息子のオチなど。シチュエーションスリラーとして見ると失速する物語展開と視聴者の予想の範囲内の結末かつバッドエンドでなんのカタルシスもなく終わってしまう。中盤の展開からは肩透かしで、「なんだこの映画は?」となってしまう。

息子視点で見ると物語が変わる

 ジェマとトムの視点でのこの物語の粗筋は、悪い宇宙人?の企みによって謎空間に閉じ込められ、人間に擬態した何かを息子として育てさせられ用済みになったら死に追いやられるというもの。だがこれは息子視点で見ると大きく変わってくる。
 結果的にジェマとトムは死んでしまったが、実は息子(とその背後の宇宙人)は悪意を持たず故意の危害を彼らに加えていない。

 
元の世界に帰りたいという意味で必死に家に帰してくれと叫ぶジェマ。「馬鹿なママ。ここが家だよ」と絶望させるセリフを言う宇宙人の手先の息子。なんてヤツだ、許せない。
 
トムが身体と精神の衰えにより衰弱死した明け方、死ぬのを待ってましたとばかりにさっそく段ボールに入った死体袋を届ける既に中年ほどにまで成長した息子。ジェマはそれに驚愕して恐怖で口を大きく開けて顔を歪める。息子はまるで嘲るかのようにジェマの顔真似をする。なんてヤツだ、許せない。
 他のVIVARIUMを彷徨ったあと自分たちの家No.9に戻ってきたジェマも倒れる。死ぬ寸前のジェマに息子は告げる「あなたは母親だ。育て終えた母親は死ぬ」。死んだジェマを死体袋に入れて淡々と処理する息子。なんてヤツだ、やっぱり生きて返す気なんてなかったのか。許せない。

 しかし、しかしよくよく考えると息子はトムやジェマの死に関与していない。トムの死因はおそらく自ら病的な執着で庭に穴を掘り続けたことによる体力消耗と呼吸器不全。ジェマの死因ははっきりしないが一時的に他のVIVARIUM(No.9と異なり原色の赤や青で毒々しい色彩になっていた)に迷い込んでしまったせいではないだろうか。
 赤ん坊の息子が入っていた段ボールには「育て終えてたら解放する」と書かれていた。物語の終盤までで閉じ込められた期間は不明だけど、成長速度が犬に近いというセリフからおよそ1年前後と思われる。中年になった息子も「そろそろ解放する時かもね」と言っていた。何の表情も見せず段取り良く淡々と死体処理しているためそうは見えなかったが、彼らの死は息子と宇宙人にとって不慮の事態だったかもしれない。「育て終えた母親は死ぬ」という言葉の意味はVIVARIUMから決して解放しないということではなく、物語のラストで不動産屋のマーティンが年老いて死んだように「役目を持ち、それを終えて死んでいく」という俯瞰的な意味だったのではないか。
 息子はジェマにツルハシで殺されかけても咄嗟に他のVIVARIUMへの道を開いて逃げただけで、後には倒れているジェマを見つけてベッドまで運んでいる。息子がジェマとトムに対して行った唯一の攻撃的な行動は彼ら”親を家から締め出し無視してテレビを見続ける”という、よくよく考えると子どもらしいものだけだった。

息子は本当にジェマとトムの子どもだったかもしれない

 映画冒頭にあるのはカッコウの雛が巣の他の雛を蹴落として、親鳥もよりも大きくなりながら餌をねだるシーン。謎の子どもを育てさせられる主人公たちを示唆する印象的なシーンだが、実はこれが視聴者に仕掛けられたミスリーディングも兼ねていたかもしれない。
 謎空間でいきなり段ボールに入って届けられた赤ん坊。犬みたいな異常な成長速度で育つし、やろうと思えば人間には出せない鳴き声を発したりや喉を風船のように膨らませたりもできる。明らかに人間ではない。ジェマとトムはVIVARIUMからの解放を願って息子を育ててはいるが、息子の異常にクオリティーが高く煽っているとしか思えないモノマネや空腹のたびに発せられる大きい叫び声、乏しい情緒と噛み合わない会話に辟易している。ジェマは息子に対して「私はあなたの母親ではない」と何度も告げている(これはジェマの死の間際のセリフでもある)
 息子がただの人間でないのは間違いない。しかし空間を捻じ曲げるような技術を持った宇宙人のやることなので、即席でジェマとトムの遺伝子とさらに宇宙人の要素をかけ合わせた赤ん坊を作り出していたとしても不思議はない。本当にジェマとトムの子どもだったとしたら、息子にとって彼ら親の言動はどのように受け止められていたのだろうか。

養育困難な子どもと親の人生 なぜバッドエンドだったのか

 ここからはメタ解釈の話になる。最後までジェマとトムの前に直接に姿を出さず息子を通してしかその存在を掴めなかった宇宙人の存在は、特定の子どもが持つ養育困難性を表しているのではないか。息子はモノマネなどの奇行をする、大声を上げる、真夜中に無言でテレビを見続けて止めてもまったく言うことを聞かない。ほとんど何を感じてどう考えているか理解することが難しい存在であり、とうてい自分たちの子どもとは思えない
 そのような子どもを育てる苦労の中で疲弊して夫婦仲も上手くいかなくなる。トムは脱出の見込みの薄い庭の穴掘りに執着してジェマの待つ寝室に帰らず穴の中で寝起きするようになる。その姿は殺伐となってしまった家庭に耐えきれず仕事や不倫、酒、娯楽に逃避する夫を連想させる。ジェマと息子の最後の問答、「私は何なの?」「母親」「育て終えた母親は死ぬ」は養育困難な子どもを抱えてその苦労で自分の人生を送れなくなったこと悔やむ母親の自問自答のようである。
 物語の最後に、息子はジェマとトムが死に帰る家を無くして宇宙人の意思のまま不動産屋のマーティンを引き継いだ。それは子どもが困難性を抱えたまま大人になり独り立ちして親とは距離を置き社会で生きる姿に重なる。
 ラストシーン、不動産屋の椅子に座る息子の顔にカメラがゆっくりと寄っていく。一度も親に子どもとして認められなかった息子が何を思っていたかは、その表情からは読み取れない。

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