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『おいしいおはなし』高峰秀子編を読んで|自分の居廻りで苦心してみる|

 『おいしいおはなし』の表紙には漆塗りのお椀とお箸の素敵なイラスト。
女優であり文筆家の高峰秀子さんが編んだという台所に関する著名人の23編のエッセイ。

ひとつひとつのお話が「こんなエピソード、凡人の私には一生出会えない」と思うようなものばかりで、次へ、次へと楽しく面白く読ませてもらいました。その中でも少し落ち着いた普段の姿を綴ったお二人、以前から時々読んでいる幸田文さんによる「台所育ち」、沢村貞子さんの「私のお弁当」などは、読む前からなんとなく内容がイメージできるにも関わらず、読後はなにか自分の中に新しくひとつ引き出しが増えたかのような嬉しい気持ちになります。

私は台所育ちみたようなものです。学問も芸術も、なんの職能も持たないものは、自分の居廻りで苦心してみるよりほか、自分を磨く道はないんじゃないか、といわれいわれしてきたのです。

幸田文「台所育ち」  -「おいしいおはなし」-より抜粋

最近本当にこういうことなのかもしれない、と思うことがよくあります。何の職能も技能もない自分、プロフェッショナルのかけらも感じられない私なのですが、「暮らす」ことに関しては日々失敗、研究、工夫、を繰り返しそれなりに「自分廻りのプロ」とでもいいますか、私なりの私だけの嫌悪や快適さを研究し、実践して自分自身に発表し続けて生きてきたなあ、と思うのです「ひとりゼミ」「ひとり研究」「ひとり学会」です。たまに「ひとり打ち上げ」もありますね。

「昨年度採用されたダラダラしたい時の片付けに関する2つの法案は、成果が全くみられなかったため、今期は抜本的なところから熟考し、結果を訴求していってください。」と自分に報告し、うなだれてしまうこと多々です。

自分だけの習慣は、人から見たら「それ、すごい変だよね」と言われそうなものもたくさんあるでしょうし、やろうと決めたことが上手くいかずいちいち落ち込んだりするのは本当にバカらしく「どうでもいいでしょ」と自分で呆れることもありますが、幸田文さんの「自分の居廻りで苦心してみる」という言葉はぴったり収まった気がしてとても嬉しくなりました。落ち込んだってよいではないか。

(ここ何年も採用され続けている法案は、「バスタオルをお風呂の中に持って入り、身体や髪を全部拭いてから上がる」です。ちなみに自分が好きでやっているだけなので夫には何も強制しません。)

 同じエッセイの中ではお惣菜、おかずごしらえについても書かれていますが、戦後復興から日本の生活が潤うにつれ、日々のお惣菜が華やかに彩られ、飾り切りを散らされ、台所用品もカラフルなものが多くなった昭和の様子が描かれています。

思い返せば昭和に育った私などもお花柄のお鍋ややかん、ポット、カラフルな色のボウルなど、実家の台所を思い出すと懐かしいです。昭和のレストランやお料理本のレシピなども赤、緑、黄色のカラフルに彩られた品々がたくさんあったように記憶しています。

幸田文さんは「台所は火水刃物がある仕事場」という考えで、時代が変わろうともさっぱりとした色の無い古風な台所に立ち続けるわけですが、平成以降、そして令和の現代になると、そういった昭和の彩時代の揺り戻しで、またシンプルで作業場然とした台所や素材をそのまま活かした素朴なレシピなどが注目を浴びているように感じます。

歴史は常に繰り返し、こちらへ傾いたかと思えばすぐ反対側へ、やじろべえのようにゆーらゆーらとバランスを取って時代が進んでいくのだなあと感じます。こういう文章の名手による暮らしのエッセイを読むと小さいことから様々な思考が膨らむなあとまた腑に落ちるのです。

 沢村貞子さんの「私のお弁当」では、お料理好きの貞子さんのお弁当の中身が紹介されており(NHKでもやっていますよね)、ただただ美味しそうで「おいしいおはなし」のタイトルに偽りなしと頷きます。

明治生まれの貞子さんのお弁当を目当てに、若かりし頃の黒柳徹子さんが「ね、かあさん、今日のおかずはなに?」と食事どきになると貞子さんのお部屋へやってくるエピソードがあり、とっても面白かった。

 私はお弁当に冷凍食品も使いますので、もちろん貞子さんのような多種多様なお手製おかずのお弁当をこしらえることはできないのですが、「きんぴら」を入れているところと、二十五、六の時に買った漆のお弁当箱を今も大事に使っていることだけは同じでとてもうれしかったです。おかずが少なくても、漆のお弁当箱にふわっとご飯を詰めればとても美味しそうに「見える」し、海苔やかつお節の「のり弁」にすれば冷めたご飯もとても美味しい。タッパーのお弁当をレンジでチンしていた時期もあったのですが、なんだかいつの間にかやめてしまいました。やはり蓋を開けるまでの艶々した柔らかい触り心地や、蓋を開けた時の「美味しそうに見えるご飯」が好きなのかもしれません。

今回のお話の中で真似できそうなおかずは「かまぼこのうす味煮」、おそらくお出汁や少しのお醤油でさっと煮たものでしょう。冷めても美味しそうだしご飯に合いそう。また「ひとり学会」で発表して採用されるよう研究してみます。

そうそう、みうらじゅん先生の「ひとり電通」という言葉も思い出しました。素敵な人はみんな「ひとり」を苦心したり楽しんだりするのが上手なんでしょうね。

「おいしいおはなし」斎藤明美さんによるあとがきまで是非読んでみてほしいです。短い文章の中に高峰秀子さんへのきれいな、爽やかな愛情がたっぷり込められていて、素晴らしい最後の〆となります。



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