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ありがとうは伝えるもの。

自分人生で久しぶりに招いたピンチだった気がする。
身体の強さには人一倍自信があって、風邪や病気と無縁な私が、山を下山してまで病院へ行ったのだから緊急事態だ。

容態は、我慢しようと思えば全然我慢出来るレベルだったが、万が一にでも倒れて防災ヘリや救助案件などになったら多大な迷惑を掛ける事となると考え、大事をとって早めに下山判断を下した。もし、目の前のお客様が同じような状況だったら同じようにすぐさま下山を促しただろうと、山小屋の主としてその判断を見誤るわけにはいかない。

しかし、スタッフに下山を告げるのは複雑な心境だった。最悪の事態を想定させねばならないし、何があっても訪れるお客様の為に営業を止めるわけにはいかない。その不安や緊張感を味あわせてしまった僕は山小屋の主として失格だ。心配かけてしまった皆には心から申し訳ない気持ちでいっぱいです。

しかし、すぐに病院を探してくれた藍澤シェフ、身体を休めるよう促してくれた山口君や遠藤君や洋兄。帰りを出迎えてくれたしほ、変わらず仕事を続けてくれていた、木谷さんや翼。本当にありがとう。

精密検査をして、何も異常がない事を確認。
ホッと胸をなでおろした。きっと疲れが蓄積していたのではないかとすっきりしない診断ではあったが、ひとまず安心した。

2022年9月30日

話は変わるが、昨年の9月に尾瀬小屋テラスで一人絵を描いている男性がいた。少しお話をしてみたところ、歳を重ねた今、体力的に山には登れなくなり、他に山を楽しめる方法を探していたところ、絵描きという楽しみを見つけたという。私は素敵な絵を見せて頂いたお礼に一杯の暖かいコーヒーを差し出したわけだが、『また来年の春に必ず来るからね』と、そっと言葉を添えられ飲み終えたカップを受け取った。

2023年5月31日

5月31日、一人の男性が『テラスの板の隙間に鉛筆を落としてしまったので拾ってもらえないか』と声を掛けられたのだ。『拾い出すから少々お待ち下さいね』と、ふと顔を見た時、見覚えのある顔だった。
そう、昨年9月30日に絵を見せてくれた男性だ。
すぐさま状況を理解した私は、『あの時の!』と話が弾んだわけです。その男性は何気なく交わした『また来るね』の約束を果たしに、わざわざ山小屋の宿泊予約までして下さっていた。こうした、再会は我々にとっては掛け替えのない財産である。図々しくも、今年の新作まで披露して下さいと促して拝見した。私の写真の撮り方がややこしさを招いているが、この絵は竜宮辺りから尾瀬ヶ原と燧ヶ岳を描いたものです。本当に素晴らしい。
歩ける間はいつでもコーヒーを飲みに来てもらいたいと願うばかりだ。

6月1日

私が尾瀬小屋を経営してから、ずっと通って下さっているお客様との再会を果たした。遅い時間にも関わらず、病院からの帰りを待っていて下さり、今年の尾瀬小屋グルメも存分にお楽しみ頂いたようだ。足元が悪い中、こうした多くのお客様に支えられながら尾瀬小屋は成り立っている。有難い事に平日でも満室に近い営業を続ける事が出来ている。

支えてくれる仲間はもちろん、片道10kmかかる遠い山小屋を目指し歩いて来て下さるお客様にもありがとうを精一杯伝える。それが不思議と沢山のありがとうで返ってくるのだから、遠慮することなく、迷うことなく、全力で伝えよう。ありがとうを。

尾瀬小屋
工藤友弘

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