主食にもおやつにもなる里芋の芋餅
炊き込みご飯(かやくご飯、かて飯)の類は、もともとは米を食い延ばすための知恵であった。とくに冬から春にかけて、米の蓄えが少なくなる時期には、大根や里芋のようなかさのあるものを加えた。凶作のときには、さらに米の量を減らして雑炊にした。大根の干葉を戻して加えたりもした。蛍飯というのは、米がさらに減って緑の菜っ葉のところどころにご飯粒が見える状態のものだという。ご飯粒を草葉に止まる蛍に見立てた謂だ。どんなにひもじかったことだろう。
岐阜県中津川地方には、里芋と米をいっしょに炊き、つぶして丸めた「芋餅」という郷土料理がある。お餅のように焼いて、みそだれなどを漬けて食べるそうだ。
岐阜では特産の西方芋という品種を使うようだが、関東でふつうにつくられている土垂で(両者の見た目はよく似ている)実際つくってみると、伸びはしないが粘りが出て、食感はたしかに餅のようである。信州のお焼きのように、具を包んで焼いてもおいしそうだ。
高知県には、さつまいもともち米を使った芋餅があるという。つくり方を見るとかなり手間のかかる料理のようだ。北海道には特産のじゃがいもを使った芋餅があるが、こちらは芋だんごともいい、片栗粉や小麦粉でつないで、米を使わない。北海道はいまでこそ米の一大産地だが、明治の開拓期には米はほとんどとれなかった。じゃがいもの芋餅は、そんな時代に餅米の代用としてじゃがいもを使ったのがはじまりだという。
米の値段が上がっているが、芋餅を食べながらひもじさに耐えた時代にも思いを馳せたい。
さて、精白された白米にはデンプン以外の栄養素はほとんど含まれていない。さまざまな具を加えることで、タンパク質やビタミン、ミネラル、ポリフェノール、食物繊維を補うことができる。かさを増すというだけでなく、栄養面の効用もあるのだ。
さつまいもの栄養成分とその腸内細菌にたいする効用については以前書いたが、里芋のぬめり成分はガラクタンやグルコマンナンという水溶性食物繊維(多糖類)。さらにレジスタント・スターチ(難消化性デンプン)という、人間の体内では消化されないデンプンも含まれている。いずれも、消化されずに大腸まで届き、ある種の腸内細菌がこれを代謝してヒトにとって有益な短鎖脂肪酸に変える。ハワイ大学の研究グループは、すりつぶし人間の消化液で処理したあとの里芋に、便から採取した細菌を加えて37℃で24時間発酵させた結果、酢酸、プロピオン酸、酪酸といった短鎖脂肪酸が産生されたと報告している。ハワイを含むポリネシアでは、里芋(タロー、ハワイではカロ)はほぼ主食といっていい。
子どものころはたいしておいしいとも思わなかった里芋も、歳とともに好物といえる食べものになった。大学生のころ、渋谷のセンター街のどん詰まりにあった沖縄料理店で、里芋(沖縄ではターイム=田芋が使われる)の素揚げに甘辛だれをからめた、大学芋風の一皿をはじめて食べたときに、里芋のおいしさに目覚めたように思う。沖縄には「ドゥルワカシー(泥沸かし)」という、具とともに炊いた田芋をつぶして混ぜた料理があるが、これはもともと宮廷料理だったそうだ。ウェブ上には、ポテトサラダやポテトコロッケのじゃがいもの代わりに里芋を使うレシピも見かける。
山形県の芋煮汁も忘れがたい。肉に野菜、きのこもたっぷり入った芋煮汁の主役はあくまで里芋だ。庄内地方では豚肉でみそ味、それ以外の内陸部では牛肉でしょうゆ味と変わるそうだが、豚肉にしょうゆ味でも別にかまわない。つるんとした里芋に肉から出た脂がよくからんで箸が止まらなくなる。
●レシピ
<里芋の芋餅>
①里芋 150g(皮を含む)
②米 1.5合(225g)
たれ
しょうゆ 大さじ1
砂糖 大さじ3
酒 大さじ1
すりごま 大さじ1
片栗粉 小さじ1
水 大さじ3
A 里芋は皮をむき適当な大きさに切っておく。
B 米1.5合を研いで通常の分量の水を足し、里芋をのせて炊く。
C 炊きあがったら、熱いうちに耐熱容器に移してマッシャー、すりこ木などで混ぜながらつぶす。
D 適当な大きさにとって丸め平たく伸す。
E たれをつくる。しょうゆ、砂糖、酒を小鍋でひと煮立ちさせ、火を止めてすりごまと水大さじ3で溶いた片栗粉を加え、よくかきまぜる。
F フライパンに油を引かずに芋餅の裏表を少し焦げ目がつくくらいに焼き、たれをつける。
たれはほかにねぎみそ、くるみみそなど、お好みで。しょうゆのつけ焼き、バター焼きもおいしい。お雑煮のように汁に入れてもよさそうだ。
参考:
農林水産省:うちの郷土料理/いももち 岐阜県https://www.maff.go.jp/j/keikaku/syokubunka/k_ryouri/search_menu/menu/38_14_gifu.html
JA高知県:いももち
https://ja-kochi.or.jp/food/recipes/28388/
Solange Saxby et al.:Prebiotic Potential of Taro (Colocasiaesculenta) to Modulate Gut Bacteria Composition and Short Chain Fatty Acid Production, Current Developments in Nutrition, 4(2), 2020