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「抗炎症食」が慢性炎症を防ぐ

慢性炎症を促進する「炎症食」

 最近、健康分野で話題になっているキーワードに「抗炎症食(Anti Inflammatory Diet=AID)」がある。アメリカでは、いくつもの有力医療機関や医学系研究機関・大学のサイトが、抗炎症食について紹介している(たとえば、ジョンズ・ホプキンス大学医学部の「Anti Inflamaition Diet」のページ

 炎症とは、内外の異物(非自己)にたいする生体防御反応だ。免疫系が、侵入した細菌やウイルス、寄生虫、外部生物に由来するタンパク質、あるいは悪性新生物(がん細胞)などを攻撃し排除(無毒化)しようとする。この際に、患部が赤く腫れたり痛みや熱をもったりする。これは健全で有効な免疫反応であり、感染症やケガから体を守るために不可欠なもので、いずれ収まる(つまり治癒する)。

 しかし、免疫系はときに暴走したりまちがった反応をしたりすることがある。潰瘍性大腸炎や関節リウマチなどの「自己免疫疾患」は、免疫系が自分自身の正常な細胞や組織を攻撃してしまうことで起こる。攻撃対象が自分自身の細胞や組織なので、炎症や痛みがつづくわけだ。

 一方、肥満した脂肪組織は免疫細胞を呼び寄せ活性化させる情報伝達物質(サイトカインやケモカイン)を放出し、軽度の炎症状態を、それも全身にわたって、持続的に起こす。これは「慢性炎症」と呼ばれる症状だ。急性炎症は燃え上がる炎のようなもので、それに対して慢性炎症はくすぶる熾き火のようなもの。急性炎症のような顕著な症状が出るわけではないが、高血圧・高血糖・高脂血症(メタボリック症候群)や2型糖尿病、心臓血管系疾患のほか、自己免疫疾患やがん、うつやアルツハイマー型認知症などの脳神経系疾患の原因となると考えられている。

 このように慢性炎症は、まさに「万病の元」といえる。しかも、自覚症状がなく本人は慢性炎症の状態に陥っていることに気づかない。知らず知らずのうちに、少しずつ組織・臓器や神経が侵されていく。そして、ある日突然、心臓発作を起こしたり、脳卒中を起こしたりすることになる。あるいは精神状態の不調や、認知機能の衰えをきたす。

 慢性炎症は、だれでも、歳を重ねるとともに進行していくが、それを早めるのが肥満、とくに内臓脂肪の蓄積だ。慢性炎症は免疫機能の低下(免疫老化)を促進するので、感染症にかかりやすくなったり、かかると重症化しやすくなったりもする。

 特定の食品を継続して摂りつづけていると、慢性炎症を起こすリスクが上昇すると考えられている。たとえば、赤肉(牛肉や羊肉・豚肉のような畜肉)、加工肉(ハム・ベーコン・ソーセージなど)、スナック菓子、精白された穀物が原料のパンやパスタ(うどん・そうめん)、揚げ物(フライドチキンやフライドポテト、ドーナツ)、糖分の多い菓子類・飲料、トランス脂肪酸の含まれるマーガリンやトランス脂肪酸が使われた加工食品などは、慢性炎症を促進し、さまざまな病気をもたらすことから「炎症食」と呼ばれるのだ。

抗炎症食がさまざまな病気のリスクを下げる

 これにたいして、「抗炎症食」は食物繊維、オメガ3脂肪酸やポリフェノールなどの成分を豊富に含む食品群だ。ハーバード大学医学部のサイトでは、①食物繊維の多い果実、野菜、豆類、全粒穀物、②オメガ3脂肪酸を含む魚、植物油(アマニ油、キャノーラ油)、クルミ、葉物野菜(ホウレンソウやケール)、③ポリフェノールが豊富なベリー(漿果)類、カカオ分の多いチョコレート、茶、リンゴ、柑橘類、タマネギ、大豆、コーヒー、④不飽和脂肪酸を含むアーモンド、ペカンナッツ、クルミ、カボチャの種、ゴマ、植物油(オリーブ油、ピーナツ油、キャノーラ油)を、食べるべきもの(抗炎症食)としてすすめている。

 オメガ3脂肪酸は、常温で液体の多価不飽和脂肪酸に分類される一群で、炎症を緩和する作用があるとされる。そのうち、エイコサペンタエン酸(EPA)やドコサヘキサエン酸(DHA)はイワシやサバなどの青魚、マグロ、サケなどに、α-リノレン酸(ALA)は植物性で、上記の植物油のほか、エゴマ油や大豆油にも含まれる。ポリフェノールには抗酸化作用があり、体内で生じた活性酸素を中和してくれる。食物繊維は腸内細菌叢を健全に保つために不可欠だ。腸内細菌が食物繊維を分解してつくる酪酸などの短鎖脂肪酸には、肥満抑制効果、抗炎症効果、抗がん効果があるとされる。

 ハーバード大学公衆衛生大学院などの研究者らは、アメリカにおける21万人以上の追跡研究から炎症食を摂る傾向が高い人は心血管系疾患のリスクが高いことを見出した(Jun Li et al.:Dietary Inflammatory Potential and Risk of Cardiovascular Disease Among Men and Women in the U.S., Journal of the American College of Cardiology, 76(19), 2020)。イギリスの大規模生体試料・疾患情報データベースである「UKバイオバンク」に登録された8万4000人の中高年者(平均年齢64歳、男女比はほぼ1対1)のデータから、心代謝性疾患(CMD、糖尿病および心筋梗塞、脳卒中などの心血管系疾患の総称)をもつ人で、ふだん抗炎症食を摂っている人では、ふだん炎症食を摂っている人に比べて認知症の発症リスクが31%低かったとという研究成果が報告されている(Abigail Dove et al.:Anti-Inflammatory Diet and Dementia in Older Adults with Cardiometabolic Diseases, JAMA Network, 7(8), 2024)。

炎症食・抗炎症職と腸内細菌

 炎症食は、西洋食(ウエスタン・ダイエット)と呼ばれているものとほぼ一致する。すなわち、近代、欧米の先進諸国でまずひろがり、その後その他の地域・国々や発展途上国の都市生活者までが日常的に食べるようになった、赤肉とその加工食品、精製された穀物、精白糖を中心とした、高炭水化物、高脂質、高カロリーで食物繊維の少ない食事のことだ。西洋食は肥満を招き、メタボリック症候群、2型糖尿病、高血圧、心血管系疾患を招きやすいとされている。これにたいして、魚介類、野菜、豆類、果実やナッツ、全粒穀物、オリーブオイルなどを多く摂る「地中海食」は、抗炎症食の代表といえる。魚介類に野菜や大豆製品などで構成される伝統的な日本食も同様に、抗炎症食といっていいだろう(ただし塩分を減らす必要があるが)。いずれも健全な腸内細菌叢を養い維持するうえで、効果があるとされている食事である。そう、抗炎症食は、腸内細菌養生食でもあるのだ。

 とはいえ現代社会で、抗炎症食だけを食べて過ごそうと思ってもなかなかできるものではないだろう。それでも、外食や手軽な加工食品をできるだけ減らし、上記のような抗炎症食を少しずつふやしていくこと、食卓をできるだけバラエティに富んだものにすることが肝心だと、上記ハーバード大のサイトは締めくくっている。COVID-19が重症化(入院)した人では心臓血管系の疾患リスクが高まるという報告を前回の記事で紹介したが、これは慢性炎症の悪化と考えられる。抗炎症食を心がけて摂るようにおすすめする。

 (タイトル画像はFreepick www.freepick.comからダウンロードしました)

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