ICF 国際生活機能分類にみる構音障害(2)
言語聴覚障害のある人を,ICFを用いて理解しようとするとき,最も重要なのは,活動(活動制限)レベルが「コミュニケーション」と定義されていることだと思います(下表).
(これは,ICFにおける新たなコード化ではなく,前身の国際障害分類<ICIDH,障害を機能障害・能力障害・社会的不利の3レベルで理解する>においても,能力障害レベルには,「コミュニケーション」が対応づけられていました)
このことは,失語症など言語機能(language)の障害では比較的わかりやすいのですが,構音障害などの話しことば(speech,発話,音声言語)の障害では少し曖昧となっていることがあるようです.しかし,ICFは「共通言語」ですので,言語障害の種類によらず共通言語として機能するように,統一的な観点で用いる必要があります.
構音障害(dysarthria)のある人の状況をICFを使って整理する際には,
・構音検査,発声発語器官検査の結果 → 機能障害レベル
・会話明瞭度 → 活動制限レベル(=コミュニケーション)の「能力」
・会話了解度(コンプリヘンシビリティ) → 活動制限レベル の「実行状況」 に該当すると考えています.
ICFからみた発声発語機能の障害(dysarthria)に伴う問題
失語症検査が調べようとしている「話す,聞く,読む,書く」の4側面は,ICFでは機能レベルに該当し,これらにみられる症状が失語症という言語障害の本態といえます.
そして,この言語機能の障害が,活動レベルのコミュニケーションの問題を引き起こします.
一方,構音障害の検査法は,
(1)話しことばの検査と,
(2)発声発語器官検査(舌などの口腔構音機能,呼吸,発声,口蓋帆ー咽頭など,構音の困難を引き起こす運動機能,形態の異常を調べる)に大別されます.
そして,(1)の話しことばの検査には,構音検査と明瞭度検査があります.
構音検査は,ICFでは機能障害レベルに着目したものといえます(上表のICFの心身機能の詳細分類の「構音機能」).
次に明瞭度検査についてみます.
ICFの説明には,「構音機能障害」の例として,痙性構音障害,失調性構音障害,弛緩性構音障害という用語が明記されています.
構音障害とは明瞭度,自然度の低下を来した状態を指していますので,ICFの説明に従えば,基本的に,明瞭度検査の結果は機能障害レベルに記載されると思います.
ただ,日本では,「会話明瞭度検査」というコミュニケーション場面を対象とした評価法が普及していますので,少し複雑です.
明瞭度検査に関しては次のように整理できます.
1)音節,語,文の「音読」という方法を通して検査される単音節明瞭度検査,単語明瞭度検査(伊藤,1992),文章了解度検査(今井ら,1997)は機能障害レベル,
2)「自発話」を評価対象とした場合の会話明瞭度検査の結果は活動(活動制限)レベルの能力(capacity),
3)別に述べた 「会話了解度(コンプリヘンシビリティ)」は,活動(活動制限)レベルの実行状況(performance)に視点をおいたものとなります.
音読を通して評価される単音節,単語,文章了解度検査が活動レベルといえないのは,これらが「模擬動作」であり(=単なる発話運動. 歩行でいえば,自宅,病室などにおける日常生活での「実用歩行」と「訓練(or 検査)歩行」の違い),下表における活動の定義のように,コミュニケーションという「目的をもった具体的な行為」ではないからです.
ICFでは,「コミュニケーションの表出(d330)」という項目を,「字句通りの意味や言外の意味をもつ,話し言葉(音声言語)によるメッセージとして,語,句,または文章を生み出すこと.例えば,話し言葉として事実を表現したり,物語を話すこと」と定義しています.
通常の日常会話では文字を音読することはありません.
つまり,音読音声は,コミュニケーション場面でメッセージとして発せられたものではなく,検査場面において「発話」という目的のためにおこなった運動の産物ということです(アメリカ言語聴覚協会(ASHA)の統一見解としてHPで公開されている,障害別のICFのリーフレットでも同様に,音読による文章明瞭度検査(sentence intelligibility subtest of the AIDS, Yorkston et al, 1981)の結果は機能障害レベルに記載されています).
一方,会話明瞭度検査は活動レベルの「能力」を評価していると考えられます.
ICFでは,活動レベルをさらに「能力」(できる活動:ある時点で達成することができる最高の生活機能レベル(p14))と「実行状況」(している活動)に区別して捉えます.
会話明瞭度は,言語訓練室のような静かな環境で,言語聴覚士(ST)が対面して,落ち着いて傾聴している,いわば会話に理想的な条件下で,どれだけ明瞭な発話が可能かを測定する場合が多く,「できる活動」といえます.
上記3番目の会話了解度は,通常のコミュニケーション場面で発せられたことばが,会話相手にどれだけ理解されたかを当事者に評定してもらうものですので,毎日の実生活で本当に実行しているコミュニケーション(している活動)に視点を向けたものと考えられます.
活動は参加の具体像
活動レベルの評価指標である会話了解度(comprehensibility)という概念の重要性を提唱したのはヨークストン博士です(Yorkstonら,1996,運動障害性構音障害(dysarthria)のある人の臨床における重要性を示唆).
言語聴覚士による支援のゴールは,コミュニケーション障害の改善ですので,私は,ヨークストン博士のこの提言は,近年のdysarthriaの臨床研究史上,最も重要なものと考えています.
しかし,ヨークストン博士自身は,その後,comprehensibilityという語を著書や論文であまり使用していません.ただ,2000年代以降,博士らのグループの臨床研究の力点は,明らかに機能障害レベルよりも,「参加 」(participation)レベルに重点をおいた「コミュニケーション」にシフトしています.
これには,2001年に発表されたICFが,活動レベルと参加レベルの詳細分類を同一リストとして整理したこと,言語聴覚士の領域で具体的にいえば,活動も参加も「コミュニケーション」という1つのコードでまとめられていることが影響しているのかもしれません(参加の視点の強調).
しかし一方で,ICFの生活機能モデルにおいて,活動と参加は定義上,異なるものです(上表).
上田は,ICFの生活機能と障害(生活機能低下)の階層構造において,最も重要なのは参加であり,活動は,参加という目的の手段と述べています(上表).
コミュニケーション活動は,あらゆる社会参加に不可欠な手段であり,活動は参加の具体像ともいわれています.
参加とは,個人がその「役割」を果たすことですが,コミュニケーションは参加の一要因にすぎず,参加の成立の可否はコミュニケーション以外のさまざまな要因(移動手段,参加意欲,必要性など)にも左右される複雑なものです.
そう考えますと,dysarthriaのある人へのSTの支援においてヨークストン博士が提唱した,コミュニケーション(活動レベル)に視点を向けた「会話了解度」という概念の重要性は今なお変わらず,機能障害の改善を図るST訓練(dysarthriaのある人を対象とした練習)を立案するうえでも,また参加制約を軽減するための方策を当事者(コミュニケーションの当事者である主な会話相手も含めた)とともに考えるうえでも主軸となるものと思います.
文献
世界保健機関(WHO):国際生活機能分類-国際障害分類改訂版-(WHO: International Classification of Functioning, Disability and Health, 2001). pp6-10,13-15,76-78, 82-83, 111-114, 132-136, 中央法規,2003
上田敏:ICFの理解と活用.pp6-36, 47,萌文社,2005
上田敏:ICFの理解と活用―失語症リハビリテーションでの活用に向けて―(上智大学講演会資料,2019年11月24日).
Yorkston KM, Strand EA, Kennedy MRT: Comprehensibility of dysarthric speech:implications for assessment and treatment planning. Am J Speech Lang Pathol, 5:55-66, 1996
American Speech-Language-Hearing Association: Person-Centered Focus on Function: Dysarthria. (URL 2022年7月18日現在)
https://www.asha.org/siteassets/uploadedfiles/icf-dysarthria.pdf