建築の街・コロンバスを見にいく (その④)
この記事は、アメリカ・インディアナ州にある小さな街・コロンバスに建築を見に行った見学記の続きです。過去のはこちら → その① ・ その②・その③
Miller House
最後に訪れたのは、コロンバスを「建築の街」として知らしめた功労者である、アーウィン・ミラー氏の住宅。街外れの一際広い敷地に建っている。
この設計を担ったのもエーロ・サーリネン。ミラー氏にとっては、彼こそが最も信頼できるアーキテクトだったのだろう。但し、この住宅は事務所の番頭をだったケヴィン・ローチ氏が、ほとんど「独り占め」状態で設計していた、という逸話が残っている。なんでも相当な思い入れだったらしく、事務所でこの住宅は "Kevin's Pet House" と呼ばれていたらしい。
ゲートをくぐると広い前庭。ランドスケープはダン・カイリーのデザインだ。幾何学模様にアレンジされた垣根を横目に進むと、平屋の建物が現れる。アプローチに植えられた高木の、柳みたいな枝ぶりが自然のアーチを演出していて洒落ている。
前述の通りこの住宅は平屋なのだけど、ものすごく広い。プランの構成は明快で、ほぼスクエアな外形を3×3の9等分にする構造グリッドが基本になっている。いわゆる「9スクエア・グリッド」というやつで、パラーディオから日本建築の「九の間」に至るまで、古典的な図式として洋の東西を問わず出現する形式だ。ただし、この住宅がユニークなのは、グリッドに「幅」があって、昼間はトップライト・夜は照明の「光の帯」としてそれが表現されていること。
空間の分節をさりげなく演出する粋な方法であると同時に、壁の位置がグリッドの芯からは外れることで、必然的に色んな納まりが発生している。こうすることで、図式的プランにありがちな、おカタい空間性とは無縁の自由な雰囲気が生まれているように感じた。光のグリッドを成立させるための構造柱のデザインもユニークでエレガント。梁がどういうディテールになっているのか知りたい。
室内を見渡すと、何から何まで漏れなく上質なのでびっくりする。建築仕上げは、天井こそ塗装だが、その他は基本的に石。床は滑らかな肌合いのトラバーチンで、壁はビアンコとスレートのコンビネーション。これらに至っては、床から天井まで1枚の板で継ぎ目なく仕上げている。ちょっとこの大きさは見たことないというくらいデカい。当時の材料の調達事情はよく分からないけど、採石場で原石を切り出す段階から工夫しないと、実現できない大きさだと思う。
建築仕上げが「地」であるなら、「図」となる家具・調度類も際立っている。テキスタイルなどのデザインは、アレクサンダー・ジラールがこの住宅のために特別に手掛けたもの。ポップな色使いと遊び心ある意匠がミラー氏一家の生活に彩りを与えたに違いない。サーリネンがデザインした「チューリップ・チェア」のクッションも、ミラー邸仕様のスペシャル版だ。
窓の外には、ダン・カイリーのランドスケープが広がっていて、その様子は当然室内からも眺めることができる。建築・インテリア・ランドスケープの三位一体だ。当時最高峰のデザイナー達が、個性を発露しつつも調和を保ち実現したこの場所は、20世紀最良の空間のひとつじゃないかと思う。これだけ良好な保存状態で一介の旅行者が体験できることにも感謝。
やっぱり施主・ミラー氏は、エーロ・サーリネンのことをとても信頼していたんだろうな、ということが、この住宅からは言外に伝わってくる。信頼を引き受けたサーリネンも、建築デザインの独りよがりにならず、ランドスケープ・インテリアとのコラボレーションを介して、これ以上無いという程の結果を提供したことが本当に素晴らしいと思う。
前の記事で、サーリネンは表現に統一性がなく、当時は批判も多かったらしきことについてチラッと触れた。その理由については、彼の設計プロセスなんかの観点からの研究が必要だろう。ただ少なくとも、毎回の仕事でそのプロジェクト「固有の」ベストを求める設計姿勢があったであろうことは、間違い無いと思う。それも、独善的な作家性ではなくて、クライアントや建築を使う人々に捧げられるベストだ。だから、見かけ上は統一感が無いけれど、そこを訪れると感じる、アイロニーや威圧感・屈折とは無縁の、オプティミスティックで誠実な雰囲気だけは一貫している。彼の建築は体験した後いつも本当に清々しい気持ちになるのだ。
ミラー氏が功労者となって実現した建築の街、コロンバス。その業績の数々は『A Look at Architecture』という書籍としてもまとめられている。一生懸命駆け回ったつもりだったけれど、ページを繰ると全然見れていないことに気づく。正直ニッチな場所だし、行くのはこの一回きりのつもりだったけれど、可能であればアメリカ滞在中に再訪できればなぁと思う。なにせ、街全体の雰囲気もとってもよかったし、地元の人もフレンドリーだったから。これも建築のなせるわざ・・・と言ったら楽天的すぎるだろうか。
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ミラー邸はじめ、インディアナ州コロンバスの建築情報は以下のサイト(英語)で案内されています。見学予約もここからできます。
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