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「執筆時の集中力を高める」という永遠の課題と探求

悩める作家たちの苦闘

 作家というのは基本的には「個の仕事」であり、誰かの目がある状態で執筆するケースはそう多くないため、少し気が緩むと集中力を欠いて筆がまったく進まなかったり、ウェブサイトやSNSやゲームなどで無駄な時間(必ずしもすべてが無駄とは限りませんが)を過ごしてしまったりすることがあります。

「作家というのは」という一般論じみた書き出しをしましたが、「執筆時の集中力を高める」ということが、要するに僕自身の大きな課題であったわけです。

「こんなに集中できないのは僕だけではないか。いかに自分は気の散りやすい人間なのだろうか」とたびたび自己嫌悪に陥り、反省し、いくつもの対策をしてきました。

 たとえば、特定のウェブサイトへのアクセスを制御したり、執筆中にスマホやパソコンに通知が来ないようにしたり、執筆専用のガジェットを購入したり……。

 それらのほとんどが大した効果がなく終わったのですが、探求の過程で気づいたことがあります。それは、「執筆時(あるいは別の仕事であっても)の集中力を高める」「気が散らないようにする」というのは多くの人、それも世界中の人々にとって共通の課題だということです。

 たとえば、キングジムから発売されている「ポメラ」というデジタルメモがありますが、これはネットに繋がらず、ブラウザもないので執筆に集中できる、というのがひとつの売りでした。

 また、最近でもキーボードに数行分のテキストを表示できる小さなモニタがついたガジェットや、キーボードと接続してテキストだけを表示するごく小さなモニタを備えたガジェット(いずれも日本語には非対応です)などが発売され、そこそこ注目を集めています。もし日本語にも対応していたら、僕も購入を検討したと思います。

 というわけで、世界中の作家たち、ライターたちが執筆時の集中力について悩み、対策を考えているのだということがわかりました。人間というものは、たとえ国や人種、文化が違ったとしても、顔にふたつの目とふたつの鼻の穴とひとつの口があるように、おおよそにおいて同一環境では似たような思考や行動をするものなのでしょう。

集中力を音楽で高める

 結局のところ、これといった有効な解決法を見つけられないまま、僕は27インチモニタを持つiMacでおもに執筆をしています。iMacの大画面は様々なウィンドウやアプリを同時に展開するにはとても便利ですが、常に雑多な情報が目に飛び込んでくるため、気が散りやすい難点があります。

 せいぜい2つのアプリしか展開できないiPad(スライドオーバーでもう少しアプリを共存させられますが)で執筆するという方法も考え、実際にやってみたのですが、画面サイズが小さすぎるのと、外部キーボードを使ったときに日本語変換(IME)がiPadOS標準しか選択できないために、Macの代わりにはなりませんでした(MacではGoogle日本語入力を使用中)。

 ガジェットの面はさておき、僕が考えたのが音楽によって集中力を高める方法です。様々なアングルから搦手で、あるいは合せ技一本で集中力にアプローチしようと考えたわけです。もちろん、当たり前にやっている方も多いでしょう。

 僕は20代までは常に好きな音楽をかけながら仕事をしていましたが、その後は音楽によって集中力が削がれるようになり、何もかけなくなりました。

 いまは吹奏楽をテーマにした文章を書くことが多いのですが、吹奏楽をかけるとそれこそ集中できません。

 眠気覚ましにテンションを上げるという意味でも、〆切に追われているときにはアップテンポのオルタナティブロック/インダストリアルロック/テクノ(レイジ・アゲインスト・ザ・マシーン、プロディジー、ノイ、フィータス、ダイナソーJr.などなど)を聴くことはありました。

 ただ、やはりそういった音楽がハマるときと、気が散ってしまうときがありました(日本語の歌は歌詞が思考を邪魔するので、僕の場合はまったく仕事には向きません)。

 そのとき、ふと思い出したのはOmmWriterというアプリです。

 ひと言で言えばエディターアプリなのですが、起動するとパソコンの全画面が雰囲気のある写真の背景(数種類から選択可)に覆われ、中央にテキスト入力エリアが現れます。

 Wordなどのような高度な機能はなく、ごくごくシンプルに入力することしかできないのですが、それゆえに執筆に集中できるというメリットがあります。

OmmWriterの編集画面

 ちょうど東日本大震災直後に仕事部屋にこもって執筆しているときに出会ったアプリですが、その中でももっとも印象的だったのはBGMを選べるという点でした。

 いわゆるアンビエント(環境音楽)と呼ばれる系統の音楽で、雰囲気のある背景の画像と相まって、不思議な執筆体験をさせてくれました。

 OmmWriterには行間の調整ができないなどの弱点もあるため、僕はいまはUlyssesというマークダウンが使えるサブスクリプションのエディタやWordなどを使っていますが、OmmWriterの良い点を取り入れてはどうか……という思いから、執筆時のBGMにアンビエントを導入することを思いつきました。

アンビエントで執筆を

 僕はアンビエントについてあまり詳しくなかったので検索をしてみたところ、なんとその第一人者はブライアン・イーノだというので驚きました。

 ブライアン・イーノは僕の中ではロックミュージシャンであり、大好きな《Third Uncle》という曲は、それこそテンションを上げるためのプレイリストに入っています(ちなみに、Windows95の起動音を作ったのもイーノです)。

 ブライアン・イーノを聴き始めたのは20代前半のころで、確かにそのころにイーノに関連してアンビエントという言葉を聞いたような記憶もありますが、当時は興味がなくてスルーしていました。

 さっそくイーノのアンビエントのアルバムを検索してみたところ、その名のとおり『アンビエント1 ミュージック・フォー・エアポーツ』というアルバムが出てきました。

 これは飛行場のために作られた音楽で、OmmWriterで流れてくるのと同種の静謐・抽象性があり、脳に直接響いて想像力に共鳴してくるような、まさに僕が求めていたものでした。

 すぐに『アンビエント1』『アンビエント4 オン・ランド』の2枚(という言い方も少し古いですが)を入手し、いまはそれらをリピートしながら執筆をしています。

 アンビエントは基本的に環境に溶け込むような静かな音楽なので、疲れているときには眠りに誘われてしまいそうですが、集中力を高める方法のひとつ、気が散ることに対する戦術のひとつとして、執筆時に流していきたいと思っています(実際に執筆がはかどっているかどうかはまだわかりません)。

 もちろん、ブライアン・イーノ以外のアンビエント作品も聴いてみたいです。

 きっとこの記事をお読みになった皆さんも、多かれ少なかれ集中力に対して似たような課題をお持ちなのではないかと思います。音楽をはじめ、僕がここに挙げたいくつかの方法が少しでも参考になれば嬉しいです。

 僕自身の探求もこれで終わりということはまったくなく、きっとこの先も永遠に(というと大げさですが)続いていくことでしょう。


【オザワ部長・近著】



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