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おかえりなさい

こんなことを書くのもためらわれるけど、
〈夫と同じおそろいのものを持ちたい〉
と密かに思っていた。

それは映画『花束みたいな恋をした』を観てからで、お互いの本棚の中身がまるで同じという恋人が、わざとではなくて双子かのように、服やスニーカーがデートの度にかぶってしまうという、そんなところが私たち夫婦には全くないと思ったから。

結婚した時にはおそろいの結婚指輪をドキドキしながら探したはずなのに、私はもう指輪はきつくて普段はめなくなってしまったし、結婚当初から二人の共通の趣味はなかった。

そんな私たちだけど、結婚する前からお互いコーヒーが好きだった。
出産して間もない頃に、突然夫がペアのマグカップを買ってきてくれた。義理の母の誕生日プレゼントを2人で選んでいる時に、私がこのカップを気に入って可愛いねーと言っていたからだそうだ。

少しよそいきの顔をしている白いロイヤルコペンハーゲンのカップは、お互いのイニシャルがデザインされていて、特別な気がして気に入って使っていた。しばらくそれは我が家の一等席にいたのだが、数年後のあるとき私の「Y」のイニシャルのカップは突然に割れてしまって、残された「S」だけが今もなお、8年以上、夫のコーヒーのお供をしてくれていた。

私は子育ての余白ができ始めてから器を楽しむようになり、少しずつ自分好みのカップを見つけては集めてきたために、そのことをいつしか忘れていた。

それが結婚10年目になる今年の私の誕生日。夫からプレゼントがあった。それは、私に忘れられていたあの子、「Y」のカップだった。

私はとてもびっくりした。夫は何の説明もなく「おめでとう」とそれを私に渡して、ただただ私はまばたきを繰り返していた。

潜在意識でオーダーしていた「お揃い」が注文通りにやってきた。

それは正直いま 欲しかったものではなかった
それは正直いま 私の趣味とは違った

だけど

「お揃い」が欲しいという私の言えなかった本音は、私が忘れていた「Y」と「S」がペアだった頃の記憶と共に、思いがけない形で叶えられた。

久しぶりに「S」のカップと再会できた「Y」のカップは隣りに並ぶと少し恥ずかしそう。一方で「S」は何も動じてなくてまるでまた一緒になることを知っていたかのように、普段と変わらずに佇んでいる。

そのペアカップは なんだか 私たちみたい

おかえりなさい。

つるんとした白い陶磁器で飲むコーヒーは

照れくさくて、なつかしい。


おわり


エッセイ「本音はいつだって温かい」
本音って、まるで子どもみたい。純粋で、弱くて、まっすぐで。でも、何より温かい。言おうとすると、目の奥が熱くなるもの。恥ずかしくなるもの。そんな本音にたどりつけた日の、私の話をお届けします。

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