【源 頼政 vol.5】 歌人としての頼政(最終話)
歌人・源 頼政
源頼政は当代きっての歌人としても知られています。
頼政と同時代に歌人として活躍し、当時の歌壇を牽引していた俊恵法師は、
と、高い評価を与えています。
頼政が‟立ゐおきふしに風情めぐらさずと云事なし“と常に和歌のことを考えていたのは、頼政が氏祖・源頼光以来、武士でありながら歌道に秀でた家(摂津源氏)に生まれ育ったことも大きく影響しているでしょうが、これに関連して歴史家の多賀宗隼先生は、『頼政の祖先において非専門の世界、ほとんど全くの交際の具に終始した素人芸であった和歌は、数代を経る間に次第に専門化して玄人のものとなってきた』とし、『頼政に到ってそれははっきりと専門的なるものとしての面を示してきた。歌合の一首の勝敗に一喜一憂し、一語・一句の表現に鏤骨(骨に刻むような苦労をすること)の苦心を払う専門歌人としてたちあらわれてくる』と頼政を評し、代を経るごとに徐々に和歌の才を磨き続けてきた武士たちのあり方を捉えておられます。
こうした頼政の和歌の才能を裏付けるかのように、頼政の和歌は『詞花和歌集』に初めて採られ、以後『千載』『新古今』『新勅撰』『続後撰』『続古今』『続拾遺』『新後撰』『玉葉』『続千載』『続後拾遺』『風雅』『新千載』『新拾遺』『新後拾遺』『新続古今』とまさに16の勅撰和歌集に計58首が採用されているのです。
歌を詠んで出世?(歌人・頼政ならではのエピソード)
『平家物語』には頼政が歌を詠むことで位階を昇進させたというエピソードがあります。
源三位頼政というのは、摂津守・源頼光から五代目、三河守頼綱の孫、兵庫頭仲政の子である。保元の合戦に後白河天皇方として先陣を駆けたりしたが、大した賞ももらえず、また平治の逆乱にも、親類を捨てて参戦したが、恩賞はまたわずかなものであった。大内守護(大内裏の警護役)を長い年月勤めてきたが、昇殿すら許されなかった。そんな頼政が歳をとり老齢となった時、述懐の和歌一首を詠んだ。
人知れず 大内山の 山守は 木隠れてのみ 月を見るかな
(誰にも知られていない大内山の番人は、木の間からわずかに見える月しか見ることができないものなのだな)
〔無名の大内守護(禁裏の警護役)は、遠くからしか天皇を拝見できないものなのだな〕
この歌でついに昇殿が許され、位階も上下の四位にしばらくなっていたが、今度は三位への昇進を心にかけつつ、
登るべき 頼りなければ 木の下に 椎を拾ひて 世を渡るかな
(登る手がかりもないので木の下で椎の実を拾って日々過ごしているよ)
〔昇進できる当てもないから、大樹のかげで四位の位に甘んじて世を渡っているよ〕
と歌を詠み、それで念願の従三位の位に叙されたという。
(参考:櫻井陽子編 『校訂 延慶本平家物語(四)』「廿八 頼政ヌヘ射ル事 付三位ニ叙セシ事」 汲古書院 2002年)
このエピソードの真偽は定かではありませんが、頼政の位階上昇は平清盛による懐柔策の一環だった節が見られ、頼政自身も特に従三位昇進をあまり望んでいなかったとも見られることから(vol.4参照)、この話は頼政の急激な昇進の理由を説明するために『平家物語』の作者が創作したか、当時の人々のうわさが基になっている可能性があります。
頼政の残した和歌
頼政はいくつかの勅撰和歌集に多くの歌を残しています。
以下にほんの一部ですが、頼政の歌を載せておこうと思います。
帰雁の心をよみ侍りける
天つ空 ひとつにみゆる 越の海の 波をわけても 帰るかりがね
(空と海が一つになって見える渺々とした越の海の波を分けても帰っていく雁だよ) (千載・春歌上・38)
時鳥の歌とてよめる
一声は さやかになきて ほととぎす 雲路はるかに とを(お)ざかるなり
(一声だけははっきりと鳴いたほととぎすだが、今はもう雲路もはるかに遠くへ飛び去ってしまったようだよ) (千載・夏歌・159)
嘉応二年(1170年)法住寺殿(後白河院の院御所)の殿上歌合に、閑路の落葉といへる心をよみ侍りける
みやこには まだ青葉にて 見しかども もみぢちりしく 白河の関
(都ではまだ青葉であるもみぢを見たが、ここ白河の関では紅葉が散り敷かれていることだなあ) (千載・秋歌下・365)
時雨の歌とてよめる
山めぐる 雲の下に なりぬらむ すそ野のはらに しぐれすぐなり
(山をめぐりつつ行く雲の下になったからであろうか、山裾の野はらに時雨が過ぎていくよ) (千載・冬歌・408)
題知らず
思へども いはで忍ぶの すり衣 心の中に みだれぬるかな
(恋しいと思ってはいても言わないで耐え忍んでいるが、信夫の摺衣の模様のように心の中は複雑に乱れているよ) (千載・恋歌一・663)
題知らず
堰きかぬる 涙の川の 早き瀬は 逢ふよりほかの しがらみぞなき
(堰き止めかねる涙の川の早い流れには、恋人と逢うほかに堰き止める柵はないのだよ) (千載・恋歌二・723)
題知らず
思ひかね 夢に見ゆやと 返さずは 裏さへ袖は 濡らさざらまし
(恋しくて思い詰めるあまり、あなたを夢に見ようと夜着を裏返しにしなかったのなら、袖の裏まで濡らさなかったものを) (千載・恋歌三・828)
夏月をよめる
庭の面は またかはかぬに 夕立の 空さりけなく すめる月かな
(庭先は夕立が降ってまだ乾いていないというのに、空は何事もなかったかのように月が澄んで見えているよ) (新古今・夏歌・267)