流しのしたの骨 江國香織(考察と感想)
よそのうちのなかをみるのはおもしろい。
その独自性、その封鎖性。
たとえお隣でも、よそのうちは外国よりも遠い。違う空気が流れている。 あとがきより
流しのしたの骨・・「流し」は台所だよなぁ・・。でも「骨」ってなんだろう。人間?ペット?想像し難いタイトルに思わず手を取った一冊。怪しげな薫りのプンプンする本書について感想と(微々たる)考察を書き留めました。
同じ家に住む異なる人間・・家族(あらすじ)
物語は始終19歳の、今は何もしてない女の子「ことこ」ちゃんによって語られる。彼女の目線によって彼女と関わりを持つ世界や人々(ほとんどは家族)が描写されてゆくのだが、家族一人一人の個性が驚くほど鮮明に描かれていく。
寡黙で自分の気持ちがを素直に表現するのが苦手だが、愛情深い「父」
詩人で草木花をこよなく愛し、ロマンチックな生活に凝る「母」
おっとりしているが、芯が強く、真面目な(今は結婚している)姉「そよ」
激情に身をまかせ突飛な言動を繰り返す(妙ちきりんな)姉「しまこ」
人形製作を趣味とし、斜に構えてはいるが、思いやりに溢れた(小さな)弟「律(りつ)」
6人家族はそれぞれ自分の人生を生きながらも、色々なものを共有しながら、支えあって暮らしている。個人にとっては耐え難く、辛い出来事なんかも、家族という生き物がすっぽりと包み込んでしまう。
家族という視点から
家族にいい思い出がある人、嫌な思い出がある人色々だと思う、そのどちらもある人もいれば、そもそも家族がいないなんて人も。もちろん人間以外の家族がいる人も。結婚すれば、他人だった人が一家に含まれたり、子どもが生まれたら、おばあちゃん、ひいおばあちゃん、おばさん…皆呼び名が変わっていく。
みんな当たり前のように、常識として家族の形態を理解しているけど、少し考えれば物凄く不思議な感じになるのは僕だけだろうか…。兄弟がいれば、同じ親から生まれたのに性格が全然違うなんてこともあるわけで…。家族って理解しがたいなと感じてしまうのです。
すると、江國さんのあとがきがすっとしみてくる。独自性と閉鎖性。家族の形容にはもってこいだと思った。家族を窮屈に感じる人も、幸せに感じる人もいる。傍から見ると「面白い」としか言えない「家族」についてもっと知りたくなるような話でした。
答えの出ない疑問について
主人公の「ことこ」ちゃんの境遇は反感を買うような所もあります。高校を卒業してから、進学することもなく、就職もしてない。結婚もまだ。世間一般の人からしたら、親のすねをかじってブラブラしてる人は、理由の如何を問わず、非難の対象になったりする。
それでも僕は思うのです。就職(起業)・進学・結婚が人生の選択肢を限りなく狭めてはいないかと。それらは「自立」という避けられがたい呪縛のような言葉を含んで、人を縛っている。そこに疑問すら抱かずに線路から外れないように生きるぼくたち。なんていうか、みんなそればっかりを気にして生きてるような気がしてならないのです。
「ことこ」ちゃんはそんな当たり前を俯瞰して、自分の感性でとらえています。例えば
みんなとても大人びてみえる。年をとればとるだけ大人になるのだと思っていた。そうして、大人になれば世の中はぐんと秩序だってくるのだろうと。
「大人」になっても、全てが理にかなったような秩序ある世の中にはならないということ。実際にことこちゃんの(大人になったはず)の家族たちは、色々なことに戸惑ったり、苦しんだり、喜んだりしながら、それぞれの人生を生きています。ひょっとしたら「秩序」なんてどこにもなかったりする…そんな人間の世界で。また、
恋人っていうのは好き同士なのにどうして別れちゃうのかしら
好きになったから「恋人」になる。この人添い遂げたいと思うから「夫婦」になる。関係を作る理由はとてシンプルなのに、壊す理由はあまりにも多くてとまどってしまう…。ぼくも感じてきた疑問でした。子育てが終わってから、離婚する夫婦。不倫が発覚して離婚する夫婦。好きじゃなくなったから、という理由で分かれるカップル。
「恋人」や「夫婦」という言葉で美化しているだけで、ロマンチックでプラトニックな「愛」なんて一瞬で消えてしまうような気がする、そもそも一人の人と一生添い遂げられる人がどれだけいるのかも不思議なところ。ぼくは、そんな人間ってそんな高尚な生き物ではないんじゃないかなと感じます。だから微笑ましいものとして扱われる「恋人」や「夫婦」という言葉に違和感だらけなんです。
そんな疑問を「大人」になる過程で、様々な理由をこじつけて「秩序」を持ってしまうのは嫌だなとことこちゃんに共感しながら、読みました。実際にめちゃくちゃな家族の事件が頻発します。同僚(同性)が身ごもった赤ちゃんを引き取ろうとする「しまこちゃん」や、学校から人形造りを性的な問題があるとして、卒業式に参加でいなかった「律くん」など、常識や法律を作ではおよそ白黒つけられないことがたくさん起こる。
それに立ち向かう「家族」がまた素敵なのですが…。
まとめ
「流しのしたの骨」の最大の魅力は、「押し付けのない」ところです。「家族ってこうゆうもんだよな」とか、「結婚ってこうだよな」などの「当たり前」を論破するのではなく、物語に生きる実際の人々によって自然に壊されてゆく…。その感覚はちょっと形容し難いのですが、フワフワしていて、落ち着いて、さらさらしている。ごめんなさい、ひと言にまとめられるような小説ではないということです。
「ラスト○○ページで世界が変わる」なんてこともなく、展開に追われることもなく、さいごまで「ことこちゃん」のゆっくりとした感性のまま進んでゆくお話。ぼくは、大好きです。
え?タイトルの意味は何だったのか?それは自分で読んで見た時に探してみてください。とっても素敵なお話だったので。
言葉が人を癒す taiti
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