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【小説】魔女の告解室vol.1

第一部 エレナ

  第一章 教会の集い



「もう何度もいってあることだけど、人を不幸に貶めたり、あまつさえ殺すために魔法を使ってはいけなかったはずだ」

 
 人気がなくなった夜の教会に集った魔女連中は一斉にひそひそと話を始めた。教会の裏に続く墓地には今日の日付が刻まれた墓碑があり、魔女たちはその墓の主について話をしていたのだった。

 
 黒いホロに身を包んだ老獪な魔女も入れば、村娘の黄ばんだドレスを着た若い魔女もいる。貴族の娘のような出で立ちの者も入れば、修道女に身を扮した者もいる。

「誰なんだい?全員で誓いの儀式を済ましたばかりだというのに。」

 
 長老格の魔女に続いて、他の魔女たちも声をあげる。

「もう、魔女裁判なんていやよ!」

「いったい何度目だと言うの。これじゃぁこの村で暮らしていけないじゃない!」

 
 古いテーブルに置かれた唯一の燭台の光が、一瞬にして天井まで膨張すると、魔女たちは一斉に静かになった。

「いいかい?今回ばかりだよ?ここで犯人をあぶりだしてやってもいいが、誰も同胞が死ぬのを見たいわけじゃないだろう?この中には子供を持って生活している者もいるんだ。ここに集った魔女たちのために、もうこれ以上のことはないと約束しておくれ」

長老が言い終わると、魔女たちは手のひらに、緑色の明かりを灯した。

この誓いの意味を魔女たちはよく理解していた。

まだ若い魔女も、長老のように10世紀を生き抜いた魔女でも、この誓いの印にはなす術もない。

「穏やかに暮らすのだ。私たちはよいことに力をつかって、人々と共に暮らす。幸せとは、自分のうちにあるものなのじゃ。決して他人を貶めたり、奪ってまで手にするものではない。奪ったつもりでも、そうして手に入れたものはやがて身を食いつくす。そのこと、ゆめゆめ忘れぬようにな」

燭台の灯りが消えると、魔女たちはフワッと闇へ消えていった。

長老が教会の入り口から出て行こうとすると、一人の若い魔女が、まだ長椅子に腰をかけていることに気が付いた。

「まだ祈りをささげるのかね」

肩の出た、燃えるような深紅のドレスの魔女が立ち上がり長老のもとへ音もなく歩み寄る。膝をつき、長老の手をとってキスをする。

「長老様、亡くなった娘の夫は悲嘆に暮れています。妻が不貞を働いたというのに」

「あぁエレナ。優しい子。しかし詮無きこと。彼女は魔法によってあのようなことをしたまでにすぎん。その夫は真の愛を知っているものだろうよ。これまで通りに優しくしてお上げ」

「そのつもりです、長老様。真実の愛ならば、魔女に付け込まれることもなかったでしょうに。きっと私が彼から次なる災厄を遠ざけることを誓います。きっと」

長老は優しく彼女の頬にキスすると、教会を後にした。

その後エレナは告解室の蠟燭に火を灯し、祈りを捧げた。

「神様。今日、罪を犯した人間を一人あなたの下へお送りしました。彼の選んだ女は不貞を働いたのです。魔法?いえ、彼女に教えたまでです。彼女に気を持つ男の存在を。ただそれだけのことなのです。もし、彼女に真実の愛があるのならば決してあのような行いには及ばなかったでしょう。神様。魔法を使うまでもなかったのです。ただそれだけのことなのです」

たっぷり1時間の告解を終えると、彼女は村の外れにある館の自室に戻っていった。

神様に告解したというのに、彼女は寝付くことができなかった。

それは、十字架に貼り付けにされた彼の妻の凄惨な姿に罪を感じたわけでも、魔女たちを危険にさらした罪悪感からでもなかった。

手のひらに収まる程の水晶に、彼の悲しむ顔が映り込んだからだった。

「フーケ。愛しい人。何があっても、あなたのことは私が守るわ。だからどうか、あの女のために涙を流さないでちょうだい……。」

白くなりかけた窓の外、大きな樫の木にとまった小鳥が朝を知らせる。

その小鳥の後ろに、大きなフクロウがとまっていることにエレナは気がつかなかった。

フクロウは枕を涙で濡らすエレナを一通り観察し、薄く透明に輝き、周囲の景色と完全に同化すると、長老の館に向かって飛んでいった。

街は静かな朝を迎えようとしていた。

                                                                                                                 (続く)


2020年6月19日     『魔女の告解室』                  taiti







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紬糸
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