犬伏参考人:慶應義塾大学名誉教授 犬伏由子第213回国会 衆議院 法務委員会 第7号 令和6年4月3日
002 犬伏由子
○犬伏参考人
おはようございます。慶應義塾大学名誉教授の犬伏由子と申します。
現在、東京家庭裁判所の調停委員を務めております。本日は、発言の機会をいただきまして、ありがとうございます。
私は、家族法を専門として教育、研究に携わってまいりましたが、今回の法案につきましては前向きに受け止めております。また、法制審議会において五項目にわたる附帯決議がなされたことにつきましても歓迎しております。
なお、今回、何点かの資料を添付させていただきましたが、資料一といたしましたのは、昨年十一月二十日に、家族法研究者を中心とする呼びかけ人が法務大臣宛てに、離婚後の共同親権導入に伴う法制度整備についての要望書を提出し、今年一月までに呼びかけ人及び賛同者を合わせて九十名となっております。また、賛同者の中には、泉徳治元最高裁判事、武川恵子元男女共同参画局長、林陽子元女性差別撤廃条約委員会委員長など、幅広い方々が含まれております。
本日は、法制審での附帯決議及び要望書にもある法制度整備や支援体制について、以下三点にわたり発言させていただきます。
まず、第一点、情報提供及び相談体制の必要性でございます。
今回の法改正は、広く私たちの家族全体に関わってきます。資料二の離婚に関する統計を御覧いただいても分かるとおり、婚姻件数の減少とともに離婚件数も減少傾向にはありますが、それでも婚姻の三組に一組が離婚しており、離婚は少数の家庭にのみ起こる特別な問題ではありません。また、父母の離婚を経験する子供たちは、離婚件数自体が減少している、それから少子化でもあるということで減少傾向にあるとはいえ、二〇二二年には十六万一千九百二人の子供たちが含まれており、この数字は毎年累積してまいります。父母の離婚を経験する子供が多数いるという中、子供の利益に十分に配慮がなされるべきだと考えております。
なお、家事調停の現場では、同居中の夫婦が当事者であるというケースも経験しております。資料三の家事調停・審判事件の統計を御覧いただいてもお分かりになると思いますけれども、婚姻中の夫婦間の事件、例えば婚姻費用分担事件であるとか面会交流事件など、一定数ございます。別居前後の段階から、情報提供、相談体制の整備が重要となってきます。
今回の法案には、別居中の夫婦間の意見対立の調整も含まれており、紛争予防の観点からは、早い段階で父母が葛藤を高めないようにすることが子の利益にもつながると思っております。家庭裁判所には、もう既に高葛藤になってしまってから訪れるという人たちがいっぱいいて、私どもも、そこのところから始めなければいけないという苦労がございますので、やはり父母が高葛藤にならないようにするということは重要と思っております。
そこで、具体的には、まず、今回の法改正の目的、趣旨について周知を図ること。特に、民法八百十七条の二に親の責務の規定が設けられ、親は、子の人格を尊重し、子の養育及び扶養の義務があること、父母は子の利益のためお互いの人格を尊重し協力しなければならないことがうたわれております。このことは広く私たち一般の人々に理解される必要があると思います。
さらに、今回の法案の内容を踏まえますと、別居時、離婚時にどのようなことを決めておく必要があるかということを、適切かつ正確な情報の提供を行うということが必要になってきます。こうしたことは、国レベルで実施するだけではなく、住民の生活に密接に関わる基礎自治体が実施している取組を支援強化するという形で応援していくということが大切です。
当事者が利用しやすい形で、法的な相談だけではなく、心理相談なども含めた相談体制を整えるということによって、当事者のエンパワーメントにつなげていただきたいというふうに思っているところでございます。
第二点目、協議離婚に関する法制度整備です。
離婚に関する統計を見て分かるとおり、二〇二二年では、離婚の八七・六%が協議離婚となっております。圧倒的多数の夫婦は協議離婚を選択しております。
他方で、令和三年全国ひとり親世帯等調査によりますと、離婚母子世帯について、協議離婚のケースでは、面会交流を現在も実施している者が三四・二%、父から養育費を現在も受給している者が二六・一%と、ほかの離婚のケースよりも低くなっております。
この点、例えば、私どもも韓国に訪問調査に行くことがございますけれども、韓国では、日本と同様に協議離婚という制度はありますが、協議離婚についても、家庭裁判所である家庭法院が関与し、子供の養育に関する合意書の作成を支援し、家庭法院の確認が必要とされております。
今回の法案においては、協議離婚に関して、公的関与の手続については見送られましたが、今後の検討課題となると思います。当面は、協議離婚の際に、離婚後の子の養育に関する適切な情報提供を実施し、受講を促進すること、例えば、離婚届出用紙に、最高裁や法務省などが提供している動画などのQRコードを掲載し、チェック欄を設けるというだけでも、そんなに予算もかからないことですし、実現可能ではないかというふうに考えております。
第一点と重複しますけれども、戸籍を担当する市区町村など地方自治体での取組を支援し、当事者間での合意形成を支援する。また、民間団体も面会交流支援や養育費相談を実施しております。こうした民間団体を助成することも重要で、紛争予防の観点からは、合意形成支援は非常に重要だと考えております。
こうした点につきまして、本日は詳しく述べることはできませんので、二宮論文を参考資料四として提出しましたので、お時間があるときに是非御参照いただきたいと思います。
第三点目でございますけれども、家庭裁判所の整備、充実と運用の改善でございます。
今回の法案の内容からは家庭裁判所の役割が増大することが見込まれ、これに伴い、家庭裁判所の人的、物的整備、充実が必要で、予算措置が講じられるべきと思います。
家庭裁判所が扱う事件は実に多様でございます。いわゆる家事事件だけではなく、児童福祉法上の児童虐待事件、少年事件などがございますが、資料五を御覧いただきたいと思います。大部の資料を出してしまいましたけれども、資料五によりますと、家庭裁判所の事件数は、少年事件は減少しておりますものの、全体としては増加傾向にあります。しかし、次の資料六を御覧いただくと、家庭裁判所の裁判官、調査官の人数というものは多くはありません。
例えば、資料七によりますと、東京家庭裁判所の裁判官一人当たりの担当事件数は五百件と言われております。また、子どもの権利条約やこども基本法及び二〇二二年民法改正後の民法八百二十一条や今般の法案にもありますとおり、子供の人格の尊重のためには子供の意向や意思を十分に把握する必要がございますが、その点では、調査官調査が活用されるべきです。しかし、調査官の人数も限られております。
ちなみに、東京家裁の調査官の数は百十名となっておりますけれども、首席調査官一名のほかに、少年事件担当調査官が三十名、家事事件担当が七十九名となっております。しかも、家事事件の担当でも、成年後見事件、遺産分割担当の方もおられますので、七十九名の家事事件調査官が全て子の監護の事件を担当するというわけではございません。
さらに、その上に地域差というものもございます。地裁、家裁の兼務、裁判官が常駐していない支部、調査官が常駐していない支部もございます。子の監護事件に調査命令が出された事件についての割合は、調査官常駐庁では四四・五%でありますが、非常駐庁では三七・一%と、開きがあります。また、子供の意見聴取や試行的面会交流を実施するためには児童室が必要でございますが、児童室が設置されていない庁舎もございます。
家庭裁判所の施設面につきましては、私の調停委員としての個人的経験ということでございますけれども、調停室が不足していて次回期日を先延ばしにせざるを得ない場合があること、当事者である申立人及び相手方双方の待合室が不足して、廊下などに長椅子を置いて待機していただいているという状況がありますので、例えば、特に配慮を必要とする事案で当事者を調停室まで誘導しなければいけないというときに、非常に遠回りをして調停室まで連れていく、できるだけほかの人たちにお会いしないように、非常に調停委員としては苦労するというようなこともございます。
また、ウェブ調停も進んできてはおりますけれども、これに対応する調停室が不足しております。書記官に、次のウェブ調停はどこの調停室が使えますかと言うと、ちょっと待ってください、探してみますというような状況であります。また、ウェブ調停をするためのノートパソコンを書記官の方が調停室までかばんに入れて運んできて設置するという状態もあります。
そういう点を考えますと、設備の充実は非常に重要なことだと思いますけれども、家庭裁判所の整備、充実や運用の改善についても、三点ほど述べておきたいと思います。
1、家庭裁判所の人的充実、裁判官の増員とともに、家事事件についての専門性を高めていただく必要があります。調査官の増員も必要です。
家庭裁判所の実務運用につきましては、附帯決議にもありますとおり、当事者の安全確保が必要ですので、調停期日が開始する前に、DV、児童虐待に関するスクリーニングを実施する必要があります。子供の利益の確保の観点から、子供の意思を尊重すべきであり、調査官調査の活用、充実、より丁寧な子供の意向調査、身上調査の実施が必要であるとともに、子供の手続代理人の積極的活用も同時に必要です。なお、資料八を御覧いただいても、まだ手続代理人の選任件数が少ない状況ですので、子供の手続代理人の報酬についての公的助成も必要と思います。
家庭裁判所の物的充実につきましては、まず、調停室や待合室、面会交流試行室などの物的体制の拡充が必要です。特に、法案では、家事事件手続法百五十二条の三に、審判前の親子交流の試行的実施の規定が新設され、これに対応する面会交流試行室の拡充が必要となってきます。家庭裁判所の建物内にスペースがないというような場合は、公的機関あるいは民間機関の建物の借り上げ等も検討いただくことは可能ではないかと思います。また、IT化に対するインフラ整備も必要と思われます。
最後になりますが、諸外国では、家族法が改正されることに伴い、制度の整備、支援体制が急速に進んだとも言われております。日本でも同様に進むことを期待して、私の発言を終わらせていただきます。(拍手)