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腰から発見する事件

 電車で通勤してるんです。幸運なことに、行きの電車はほぼ確実に座れるんです。毎日の通勤でこれは嬉しい。悠々と本を読めますし、睡眠補給もできます。

 座ってダラダラ職場へ向かっておりますと、都心に近づくこともあって徐々に人が乗ってきます。私の目の前にも人が立つ。

 そんな時、ふと本から顔を上げますと、前に立っている方の腰の辺りだけが視界に入ります。高さ的にそうなんです。見上げれば顔も視野に入ってくるでしょうけれども、目が合えば確実に気まずい。だから、前の人を見るにしても腰の辺りばかり見ています。別に他意はなく、ただぼんやり眺める程度なんです。

 ただそれだけですから、何も起きないかと思いきや、見ようによっては事件を発見できるんです。例えば、チャックですね。先日も、作業着姿の男性が私の前に立ちまして、いつものように腰が視界に入ったわけなんですが、まあチャックが全開なんです。もう1番下まで下り切っている。中身が見えていないのは幸いでしたが、公共の場で見せてはいけないものが白日の下にさらされるのは時間の問題です。しかし、知らない男性に「チャック開いてますよ」は勇気が要る。結局、男性はチャックがフルオープンのまま電車を降りていきました。俗に言うフルオープン事件です。

 この手のフルオープンは今のところ100パーセント男性です。女性だって例の場所にチャックのあるボトムスをはいている方はいらっしゃいますけれども、フルオープンを発見して気まずい思いをしたことはありません。男性の方がその辺に無頓着な可能性も否定できませんが、トイレで小さいほうをする姿勢に理由があるのではないかと考えられます。男性はチャックをフルオープンすれば用を足せる。その気軽な用足しが油断を呼び、フルオープン事件を誘発するのではないでしょうか。

 女性はフルオープン事件を起こさないですけれども、この間はこんなことがありました。いつものように座って本を読んでおりますと、いつの間にか女性が前に立っていました。季節にピッタリな色のロングスカートをはいておりまして、手にスターバックスの紙袋を持っているのも確認できる。その手はスラッと細く、UV対策をキッチリしているとしか思えない白い肌でございます。かなりお洒落に気を遣っている女性だと勝手に推測しました。

 しかし、電車に乗り込んで数分も経ちますと、その女性が指の関節をポキポキ鳴らし始めたんです。片方の拳をもう片方の手で包み込むようにして鳴らすタイプですね。かなりの手練れらしく、何度やってもパキパキポキポキ鳴る。お洒落な腰部とのギャップが半端ではございません。

 もう癖になっているんだと思います。たぶん、お洒落に目覚める前からやっていたに違いない。それが、キチンと着飾るようになっても暇になるとついついパキポキやってしまう。一度身についた癖は本当に根強いものがございます。

 それはいいんですが、それだけ私の前で関節をバキボキ鳴らされ続けますと、だんだん「あれ、これ殴られるんじゃないかな」と思えてくるんです。「てめえ、なに人の腰をチラチラ見てんだこの野郎」と申しますか、「『UV対策キッチリしてますね』じゃねえんだこの野郎」と申しますか。他人様を見て要らないことを勝手に考えているせいでボコボコにされる気がしてくる。

 もちろん、何事もなく女性は駅で降りていったわけですけれども、いろんな意味で危ないところだったとは思います。

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